SS 恋人【振り返る】 #シロクマ文芸部
振り返ると桜都が笑っていた。僕は手をあげて桜都と一緒に歩き出す。
「おはよう」
「怜、おはよう」
中学生の僕たちは、たまに一緒に歩く。友達と歩く場合も多いが、二人で歩くときもある。
「怜、恋人はいるの」
「いないよ、いるわけないよ」
桜都のやさしげなクリクリした目と細い顔を見ていると古い本の挿絵のヒロインに似ている。痩せた体は弱く見えるから、余計に保護欲を感じる。
「恋人にならない?」
「別にかまわないよ」
桜都から告白された時に感じたうずくような快感と麻痺するような感覚を共感してもらえるだろうか? それは悲しさに似ている。
「恋人になって何するの?」
「一緒にお茶とか?」
数ヶ月は楽しく過ごせた、桜都は、ずっと優しさをくれた。こんなに人から優しくされたのは、桜都からしかない。
「怜、今までありがとう」
(お別れかな……)
桜都は、父親と引っ越す事が決まっていた。だから僕は、母親と一緒に住む事になる。
「ばいばい」
タクシーに乗ると桜都は、見送る母と僕を振り返りながら、いつまでも車内で手をふっていた。
(姉さん、さようなら)
恋人になってくれた姉の事を、今でも忘れない。
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