SS 小さなお店【朧月】 #シロクマ文芸部
朧月のせいか夜の帰り道が暗く感じる。職場の仕事に嫌気を感じているが転職も難しい。
「こんなところあったかな……」
いつもの商店街を通ると、横の細道にネオンが見える。昔はバーがあった場所だ。かすむような、にじむようなネオンにつられて入ってみた。
「いらっしゃい」
やたらと背の高いドレスの女性が壁に背をつけて立っている。腕が太い。男だ。愛想笑いで足早に逃げた。
「なんだ……ここ」
酔客がやたらにいる。フラフラと肩を組んで歩くサラリーマンやきらびやかなドレスを着た女が煙草をふかしている。場末特有の酒がしみついたような臭いが鼻につくが懐かしい。
目についたのは黒い看板にネオンで店名が『美月』と赤く輝くバーだ。客引きなのかドアの横で黒髪ストレートの若い……若すぎる女がうつむいている。
「……店……あいてる?」
勇気を出して声をかけると彼女は驚いたように顔をあげて、ちょっとだけ微笑むと自分はメロメロになってしまう。
(超かわいい、たまらん)
「誰も来てくれないんです」
「まだ早い時間だからね」
そっと腕をとられて店に入ると確かに客はいない。ボックス席に座ると心配になってきた。
(ぼったくり……)
しかし強面そうな男性店員は見えないし店が狭すぎる。彼女がお酒を持ってくると寄りそうように隣にすわる。お酒をつくってもらい飲む、飲みまくる、酔いがまわると日頃の疲れか眠ってしまった。
xxx
「おはよう」
「ここは……」
古びたベッドで起き上がると隣で彼女が見上げている。バーの二階だと教えられて窓から外を見てもまだ夜だ。
「どれくらい寝てたのかな」
「さぁずっと寝てた……」
「会社に行かないと」
「無理よ」
「え?」
「私もずっと、ここに居るの」
彼女は終戦孤児で、この路地に入ってからは外に出られない。たまに朧月になると外界への門が開いて人を呼び込む。
「ずっと一人なのか」
「たまにお客さんが来てくれるけど、また別のお店に行くの」
彼女と一緒に店の外にでると、通りのネオンが無限の彼方まで輝く。
「同じ女だと飽きるのかしらね」
「――居てもいいのかな」
「そうね一人はさみしいから……」
おずおずと腕と腕がふれあうと、その体温で幸せが広がる。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?