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SS ミリーのレモネード 【#レモンから】#シロクマ文芸部参加作品

 レモンから果肉をとりだして皮をジャムにするために鍋で煮る。果肉をしぼりレモネードを作り、道で売る。

「嬢ちゃん、一杯くれよ」
「はい」

 少女はスラム街でレモネードを売る。危険な場所なのに、誰も彼女に手を出さない……なぜなら彼女は伝書鳩でんしょばとだ。

「ミリー、今日は調子どうだい」
「二十二時に港、三番倉庫」
「レモネードくれ」

 十ドルを渡してうまそうに飲み干すのは、マファイアのボスだ。誰が見ても善良な市民が少女からレモネードを買っているようにしか見えない。誰も疑わない……、ボスが去るとヤクザのような男がミリーの前に立つ。

「ミリー……」
「レモネードをどうぞ」
「いつまで続ける気だ……」

 覆面捜査官のデッドが彼女からレモネードのコップを渡される。飲みながら、手入れがあると告げた。

「ここらを掃除する」
「すぐに汚れるわよ」
「そんなことは判っている、俺もここで産まれた。だから覆面捜査ができる」
「何もかわらない」
「変わらない……そうかもしれない」

 テッドの顔に無力感と焦燥の色が浮かぶ、命の危険を覚悟して正義を遂行する。それが人間の一面だ、ハイリスクな生き方。ミリーは、ちょっと言いよどむと「三番倉庫」とつぶやいた。

「ありがとう」

 テッドは使い捨てのコップを握りつぶして道に放り投げる。彼は今日の作戦で手柄を立てて、内勤になるつもりだ。その後ろ姿を見て、ミリーは少しだけ微笑んだ。

 夜の港に派手なサイレンが鳴り響く、三番倉庫に最初に入ったテッドが見た光景は、何もない空間だ。

「テッド、ガセネタで踊ったのか」
「……所長、すいません」

 でっぷりと太った所長は、テッドの肩をやさしく叩いた。ミリーが嘘をついた……そう考えると悲しくて哀れに感じた。

(あんな娘まで、闇に染まるのか……)

 子供に善悪なんてあるわけもない、ただ生活に馴染むだけだ。ミリーは、この街から悪を感じていない。テッドは疲れた体をひきずり、アパートに戻ると後ろからいきなり殴られた……

「クサいと思っていたが、覆面捜査官だったのか」
「どうします」

 マファイアのボスが、ドラム缶を指さした。そこに入れろと命令する。

「なに……する気……だ」
「煮るだけさ」

 レモンの皮を煮るように。彼はドラム缶で……

xxx

「ジャムができたぜ」
「おいしくなさそうね」
「パンには塗れないな」

 マファイアのボスは、ミリーからレモネードを受け取り飲み干す。甘くすっぱい味で、とても爽やかな気分になる。

#レモンから
#小説
#シロクマ文芸部
#ショートショート

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