妖怪笑い話 鬼が笑った【#ボケ学会のお題】(1000文字弱)
「こんなこともできないの」
掃除洗濯家事料理、何をしても姑は機嫌が悪い。夫の母親と同居する事になったのは、彼のお父さんが死んで遺産が入ったためだ。一人は不自由だと家に転がり込んできた。
「もういいから」
手で猫を追い払うようにしっしっと手を泳がせる。はじめは仲良くなろうとしたが、姑は変わらなかった。
(遺産のため、遺産のため……)
呪文のように自分に言い聞かせる。いずれ体が動かなくなり施設に入れるまでは、おとなしい妻の演技をしよう。そんな毎日でも、姑が笑う事もある。
「痛い!」
がつんとタンスの角に小指をぶつける。血は出ていないが飛び上がるくらいに痛い!
「あはははははっ、まったくあんたは」
姑が指さしながら口を大きく開けてわらっている、ゲラゲラゲラゲラゲラ、五分や十分は普通だ。そんな時は妙にやさしくしてくれた。
「ほら、冷やして、そして軟膏も塗っておこうか」
「ありがとうございます」
「息子も注意散漫でね、よく怪我してたよ」
「そうなんですか……」
大人しい夫は、母を怖がっているようにも見えた。
「そうか、怪我をしたのか、笑ってただろ?」
「ええ、でもやさしいんですよ」
「そうだな……やさしいな」
言いよどむ夫の体には、古い傷が残っている。
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「花火を買ってきたよ」
「はい……」
初夏の夜に、なぜか姑は、花火を買ってきた。そして花火をしようとしつこいくらいに誘う。
(どうしたのかな、子供みたい)
少しボケが入ったのかもしれない、花火を楽しむ姑は、笑っていた。
「ほら、きれいでしょ」
「ええ」
いきなり花火を私の顔に向けた、緑色の火花が顔にかかる。熱いよりも、姑の狂気が恐ろしい。
「おかあさん、どうしたんですか、やめて」
「花火きれいだよ!」
鬼が笑っていた、地獄の鬼が罪人を痛めつけるように、歪んだ大きな口は真っ赤だ。アハハハ、アハハハ、アハハハハ
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「母は昔からあんな風なんだ」
「……虐待されていたの?」
「いやちょとした意地悪みたいな事をされた。後ろから突き飛ばしたり、わざと足にモノを落としたり」
「ひどい」
「でもその後はやさしいんだよ、本当にやさしかった」
人の本性なんて誰にもわからない。姑は、他人の不幸がとても面白かったのかもしれない。
今でも閉鎖病棟で笑っている。
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