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死と記憶の無い少女、黒い家の惨劇(13/60)

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第三章 近所づきあい
第一話 祖母

あらすじ
 児童養護施設じどうようごしせつから親戚に引き取られた櫻井彩音さくらいあやねは、長男が死んだ事で榊原さかきばら家から逃げたいと考える。


 お風呂場で、どれくらい座っていたのかは判らない、暗闇くらやみで私は泣いていた。不意に電気がついて浴室の折れ戸が開く。

彩音あやねさん? 大丈夫」
 長女の佳奈子かなこが顔を出す。いつのまにかドアは叩かれていない。震えている私を助け出してくれた。

「ごめんなさい……」
「怖かったの? 大丈夫よ」

 バスタオルで私の体を拭いてくれる。佳奈子かなこの病気は体の傷で血が流れなくても、内蔵に出血でも危険だ。ストレスが少ない家の中だけで生活する分には、問題は無い。それでもずっとベッドで寝ているだけでは筋力が落ちる。たまには歩くために外に少しだけ出ているようだ。

「なにごとなの! 」
 母親の朋子ともこが、脱衣所に入ってくると私に怒りの目を向ける。けわしい目は、まるで私が長男を殺した犯人だ、と名指しをする強さだ。本当の犯人が判らない現状では、祖母を殴った私が一番に疑われていた。

 動機はある。私の布団に息子が入り込み、体を触った事で憎んでいた。私が病気で強い衝撃を受けると記憶が消えて暴力をふるうのは家族全員が知っている。無意識で長男の光男みつおを憎み、偶発的に殺した。十分にあり得る話だ。

「この前も、同じ事を言ってたわね、息子はもう居ないのよ! 」
 後半はヒステリックで大声になっていた。あわてて佳奈子かなこが私をかばう。

「お母さん、落ち着いて」
 しかし母親の朋子ともこは、長女にすら憎しみの目を向ける。大声で怒鳴る母親となだめる娘の声で頭が割れそうになる。突然だった、祖母の八代やよが脱衣所に音も無く入ってくる。

「いつまで風呂に入ってるだい、私も入るんだから出ていきな!」
 全員が黙る、祖母が風呂場のドアをバンバンと叩きだした。

 扉を叩いた犯人は祖母の八代やよだった。彼女は黙ってドアを叩き電気を消す。幼稚ないやがらせだが、子供じみた行動も認知症に関係している。

 佳奈子かなこは黙って私を脱衣所だついじょから連れ出してくれた。私は泣く事もなく呆然ぼうぜんと二階に上がる、長女は私の背中に手をあてながら「心配しないで」「みんなおかしいの」と慰める。その日も私は夕飯を抜いた。

 数日後に、長男の葬儀が行われた。小学生の同級生達が集まり、お別れする。非日常の世界、私は初めて葬儀の経験をした。


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