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SS 新しい母【#雨を聴く】シロクマ文芸部参加作品 (870文字位)

 雨を聴くと心がおだやかになる。心音しんおんのように規則正しく地面を叩く、ザァザァザァ、血液が体を流れる音と同じだ。

「かずみぃ」
「なぁにぃ」

 ザァザァと心音がする。母は階下から私を呼んでいる。ゆっくりと台所の母に会いに行く。父と母が座っていた。

「かずみ」

 父が沈痛ちんつうな顔で私を見ている。

「父さんは再婚するよ」
「……そうなんだ」
「部下の女性なんだが、とても家庭的なんだよ」
「うん……」

 母は黙ってうつむいたままだ。

「それでな、お前が学校を卒業した後に籍を入れようと思ったんだ」
「……」
「でも、子供ができたみたいで、この家で産みたいらしい」

 父が買った一軒家は、とても大きくて立派でさみしい家だ。

「私は……反対する気はないけど、かあさんは一人だけ」
「わかってる、すまない」

 母は少しだけ顔をあげると私を見てほほえむ。その暗い眼は、笑ってない。

「お父さん、……病院では産まないの?」
「それが不思議なんだよ、家で産みたいと懇願こんがんされて……」

 雨の音がザアアアと大きくなる。心音が早くて父の声が聞こえない。

「……というわけで、一人暮らししてくれないか?」
「ああ、うん、わかった」

 二人だけで住みたい、私はいらない。私はゆっくりと廊下にでる。母が笑った気配がした。

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 一人暮らしは気楽だ、父は十分にお金を渡してくれる。父と部下の女性は無事に子供を産めたらしい。その日は、私の残り少ない私物をとりに家に入る。

「あら、いらっしゃい」
「お邪魔します」

 若い母親は、私を部外者としてあつかう。まるで他人の家に入る気分だ。もう来ることもない。

「おお、ひさしぶりだな、お前の妹の顔を見るか?」

 父は満面の笑みで私に赤ん坊を見せる。その顔は母だ。にっこりと笑っているが眼は暗いまま。

「元気そうね」
「ああ、大人びて頭がいいんだよ」

 父も若い母親も、生まれた娘の素性を知らない。母が何をしたいのかも私は興味がない。ただただ、心音が早く脈打つ、ザァァァァっと雑音のように大きく聞こえる。

 私は赤ん坊に片手をふって家を出た。今は雨の音が怖い。


#シロクマ文芸部
#雨を聴く
#怪談
#小説


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