SS 家出の少女 【ありがとう】 #シロクマ文芸部
ありがとう、ごめんなさい、さようなら。
「家出ですか……」
「家出です」
行方不明者届を受理した、警察官の私は事情を聞くために、その家に立ちよる。母親は娘を心配している様子はない。書きおきを見せてもらうと稚拙な字で殴り書きされていた。
(毒親ってヤツかな……)
「高校生の娘さんですか」
「そうよ」
「友達の家に泊まってるかもしれませんね」
「そうね」
うつむいている顔は、悲しそうにも見える。ショックで反応が鈍い場合もある。
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「どうだった」
「若い母親です、引っ越してきたばかりで近所づきあいは無いみたいです」
「手がかりは無いか……一週間は様子を見よう」
「戻りますかね」
「未成年だから戻る場合が多いよ」
先輩に報告して巡回に戻る。失踪者の大半は住んでいた場所に戻ることが多い。だから警察は積極的に探さない。しかし娘は戻らなかった。
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「あら、おまわりさん」
「奥さん、お元気ですか」
地味な格好で買い物をしている母親は、普通の主婦に見える。娘が消えても平気と言えば冷酷に感じるが、彼女からは幸せな印象しか感じない。
(親子の仲が悪かったのかな……)
親子喧嘩で家出して、男と住んでいる可能性もある。あまり心配してないのは、娘の動向を知っている……と考えると自然に思える。
ふと彼女の手を見ると、やけどの痕がある。
「昔ちょっと、やんちゃしてて」
彼女は照れるよう笑うと、丸いやけどを隠した。
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「おまわりさん、娘さん見つからないの?」
腰の曲がったおばあさんが心配していた。
「すいません、見つからないです」
「そうね、でもあんな親に育てられるよりは、逃げた方がいいわね」
「……そんなに喧嘩してましたか」
「娘さんはよく泣いてたの、顔つきもそっくりでね」
(そんな風には見えない……)
「家出した日も、手の甲に煙草をおしつけられたって泣いてたよ」
目の悪いおばあさんは、かわいそうと言いながら家に戻る。
(煙草……)
あの母親がそんな事をするようには見えない。ふと書きおきを思いだす。
(産んでくれて)ありがとう
(殺してしまって)ごめんなさい
(死体を始末して)さようなら
ぶるっと体が震えた。ポリスキャップをかぶりなおして、自転車に乗り巡回する。日本の行方不明者は年間八万人……
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