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SS 消えた鍵 #シロクマ文芸部

 消えた鍵は、地下室のとびら用だ。今は開けることも無いため、探してない。

「ルルー? 地下室に行かないでね……」
 母が口癖くちぐせのように釘を刺す。地下に何があるのか判らないが、暗く湿った場所なのは判る。日課で母が食事を持って降りるから判る。誰かが住んでいると思うが、聞いても答えてくれない。

 父は無口で太っていた。仕事が忙しく私が眠った頃に帰ってくる。だからほとんど顔を見ない。たまに私の顔を変な目で見る時がある。父には嫌われていた。

 ある日、母が病気でベッドで寝たきりになると、私に頼みがあると告げる。

「地下室に食事をもっていって……」
 私は簡単なオートミールの食事を作ると地下に降りる、母から鍵の場所を教えてもらった。銀色の鍵は装飾が派手で不思議な感じがする。

「食事は扉の下の小さな隙間から入れてね」
 電灯もつかない地下室は薄暗いが、外からの採光でぼんやりと見える。地下室の中央に四角い大きな部屋がある。まるでそこだけ個室の箱を置いた感じだ。扉の下に横長の隙間すきまがあって、食事を入れられる。私が近づくと、その隙間すきまから幼い手が見えた。子供が住んでいた。

「ごはんよ」

 食事のトレイをすべらせるように隙間すきまへ入れると、ひったくるように消えた。私はそれから毎日のように食事を運ぶ。

「名前はなんていうの? 」
「リリーよ」

 幼い少女は、外に出たことがないという。扉を調べてもドアノブも鍵穴もない。どうやって入ったのか判らない。母は彼女を秘密にしていた、外に出せない理由がある。私は薄情と思っても何もしなかった。

「お前は地下室に行くのか? 」
 父とは血はつながっていない。母は私が生まれた後に父と結婚した。父親も地下室が何があるのか知りたいと言う。折悪く母の病状が悪化すると、あと数日の命と医者に宣告された。

「遺産があるかもしれない」
 強欲な父は、私が管理している鍵をもって地下室に降りた。薄暗い地下室の箱を見つけて私の前で開けようと、バールを使ってこじあけた。

「なんだ、何も無いじゃないか! 」
 部屋の中は空だ、何もない。調度品すらない。私は何に食事を運んでいたのか? 父が部屋の中に入ると同時に扉が閉まる。叫び声がすると、扉の隙間すきまから血が流れ出る。バケツで水をまいたように赤黒い血が広がる。私は恐怖で震えながら一階への階段を登る。

「扉を開けたのね……」
 母が衰弱した顔で笑っていた。母は子供の頃に小さな箱を拾った、不思議な箱から小さな手がでる。母は面白がって虫を与えていた。それは願いがかなう魔法の箱。

 願いがかなうと一回り大きくなる。邪魔な父や母、素敵な恋人、お金。願うたびに箱は大きくなり地下室を埋めた。

「私はもう死ぬわ、神様の罰ね……」
 母は何も望まずに死んだ、私は地下室には降りない。地下室の扉には、鍵穴がないからだ。その代わりに、扉の下に隙間すきまがある。たまに幼い少女の手が食事を探している。だから日課でオートミールを出している、いつかは私も願うのだろうか……

終わり

 


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