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私が女優になる場所

子どもの頃、母から何度も言われた「嘘つきは泥棒の始まり」。嘘はダメだよ、と事あるごとに言い聞かせられた記憶がある。

言葉通りに嘘をついて泥棒になるのなら、きっと私は大泥棒だ。

普段から平気で嘘をつくというわけではないけれど、きまって美容院では息をするように嘘ばかり並びたててしまっている。

普通に会話ができないから、同じ美容院に通えていない。

美容師さんに話しかけられると、女優スイッチがオンになるのだ。

やたらテンションが高い人、週末は友だちと必ずランチする人、ヨガが趣味の人、ミニマリスト

これまでいろんな人になってきた。エピソードは、もちろんフィクション。何でもスラスラと喋り出すので、自分でも引いている。

どの人も「私」とは程遠い人物ばかりで、なぜか、やたらテンションが高い人は何店舗にも登場している。憧れでもあるのだろうか。

どんな設定で話したのかを忘れてしまうので、同じ店にはいけない。適当に話すぎて、何も覚えてないのだ。脳が記憶すべきでないと判断しているのだろう。便利なもんである。

勘違いしてほしくないのだけれど、決して嘘をつきたいわけではないし、楽しんでいるわけでもない。

むしろ、演技をしてしまう自分に悩んでいる。だから、カルテには「静かに過ごしたい」に力強く丸印をしてSOSを出しているのだ。

私なりのヘルプを出しているのだけれど、今のところ効果はない。

些細な抵抗はちっぽけで、コミュ力お化けの美容師さんが話しかけてきてくれるのだから、対処のしようがないのだ。

できるなら同じ美容院に通いたい。

毎回、美容院を探すのも髪質を伝えるのも面倒だし、会員情報の記入も手間なのだ。

ただ、静かにそっと美容院で過ごしたい。それだけを切に願っている。

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