偶像に恋をする
「きゃー!静流カッコいいよー、愛してるー!」
「うるさい!静かに見れねえのか?!」
「お兄ちゃん、煩い!もう静流の歌終わっちゃったじゃん!!」
妹は推しのアイドルがTVに映らなくなった瞬間、スマホをいじりだした。妹のアイドルオタクには呆れたものだ。こっちは公務員試験まであと少し。集中して勉強したいのに、1階から響く声で全く集中できない。クレームを入れようと1階に降りてちらっとTVを見た瞬間、人生を変える衝撃を受けた。
女性がいた…。髪の色は染めているのか奇抜な青。でも全く違和感がない。レトロな服を着ていて、よくそんな服と髪色で合わせようと思ったなと、いつもなら嫌味の一つを言ってただろう。だがそんな言葉も出てこなかった。
ただ完璧だった…。
「お兄ちゃん?どうしたの、あ、リップのCMじゃん。Anのつけてる新色可愛い!」
「今なんつった?」
「え?リップのCMだよ。見れば分かるじゃん?」
「だからその後!」
「Anのつけてる新色可愛い?」
「Anって言うのか…。」
「お兄ちゃん、Anみたいなタイプ好きなの?意外!」
妹がにやにやした表情でこちらを見ている。気恥ずかしくなって、
「うるせえ!TVばっか見てないで、宿題やれ!」
そう言って2階に上がった。下から妹のクレームが聞こえるが無視した。
「芸能人とか興味ないのにほんと珍しい!・・・でも、Anって…。」
CMでAnを見た日から、俺は常にAnの事を考えていた。女性に興味がなく、仕事をして一人で生きていくんだなと勝手に思ってた。そんな俺が勉強の合間にInstagramのアカウントを作って、Anをフォローした。他にもAnが出演しているCMや雑誌を集めまくった。
そんな生活を送っていたら、分かるだろう?23区の筆記試験に落ちた。両親の落胆した顔が忘れられない…。トラウマになりそうだ。
でもAnの写真を見てれば気が紛れた。
二次募集に切り替えて頑張ろう…。そう思って勉強している時、妹が部屋に入ってきた。
「お兄ちゃん、最近変じゃない?興味ない雑誌買って。インスタも始めたよね?」
「お前には関係ないだろ?」
「お兄ちゃんってAnのファンなの?」
「文句あるか?いいだろ別に!」
その言葉を聞いた妹は困った表情でこちらを見る。
「お兄ちゃん、Anは現実に居ないんだよ?」
「分かってる。」
「分かってない!Anはバーチャルインフルエンサーで、架空の人なの!」
そう言って妹は部屋を飛び出してった。
バーチャルインフルエンサーって何だ?
スマホで調べてみたら、こんな説明があった。
バーチャルインフルエンサーとは、影響力や発信力のある人物をバーチャルキャラクターとして人工的に作り上げる試みで、現実の人間と同じように、SNSを利用して自身の活動を発信し続けているのが特徴です。
じゃあ何だ。俺は実在しない偶像に熱をあげていたのか?なんだか馬鹿らしく思えた。でも何故か、Anに熱をあげていた時間はとても心地よかった。アイドルオタクの妹を馬鹿にしていたが、これでは笑えない。
妹は俺の異変に察して、わざわざ言いに来てくれたんだろう。
「後で、お礼を言わないとな。」
その後、2次募集に合格し俺は公務員として働いている。
「先輩って見た目お堅そうなのに、インスタやってるの意外です。」
「お前は俺の事どう思ってるか、よくわかった。見る専だよ、Anってインフルエンサーをフォローしてんの。」
「へえ、見せてくださいよ!・・・美人ですね。」
なんだか既視感を感じた。偶像には魅了する力があるのか?最近の技術は恐ろしい…。
「Anはバーチャルインフルエンサーだからな。」
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