【タロット小説】10番「天国への扉」
私は、大きな黒い扉の前に立っていた。辺りはなんだかもやがかっていて白く、私以外には誰もいない。
なんでここにいるのか、どうやってここに来たのかは分からない。ただ、自分はもう死んでしまったのだということだけは、なんとなく知っていた。この扉を開けたら、もう戻れないことも。
少し不安ではあるが、でもここに残ることはできない。
諦めに近い気持ちで、私は立っていた。
「この扉の向こうに行きたいのですか?」
気がつくと目の前に、スーツを着た紳士が立っていた。年齢は若いようにも見えるし、落ち着いた年配の紳士にも見えた。
「はい。行かなくてはいけないように感じるので。」
私は落ち着いた気持ちで答えた。
「この扉の向こうには何があるのですか?」
私は質問してみた。
「この扉を抜けると、あなたは元の世界へ帰るのです。
人間の言葉を借りて言うと、『生まれる前の世界』になります。
そこは、人間が想像する”死後の世界”とはかなり違うものです。
あなたは忘れているかもしれませんが、元々いた場所です。怖がることはありません。」
彼は淡々と説明した。
私はバンジージャンプをする直前のような、少しドキドキした心境になった。
でも、どんな世界かは分からないけど元々いた場所なんだったら、そんなに怖がる必要もない気がした。
そんなに長く生きた訳ではなかったけど私の人生、なんだかんだ言いつつ楽しかったし、元々いた場所も、きっとそんな感じの場所なのかもしれないなと、なんとなくそう思った。
「行きますか?」
紳士が質問する。
「はい、行きます。」
私は意を決して答えた。
「すぐに扉を抜けてくださいね。」
紳士は言った。あまり長く開けっ放しにしておくことができないそうだ。
やがて紳士は、静かに扉を開いた。
私は覚悟を決めると、扉の向こうに入って行った。
ーendー