ライト・ブリンガー 蒼光 第六部 序章

序章 「加速する時代」

 能力者という存在が明るみに出て、二ヶ月が経とうとしている。今まではごく一部の限られた者だけがその存在を知っていた。ただ、その者たちが能力者の存在を知っていたのは、その力の危険性に対抗するためであった。
 具現力と呼ばれる、それぞれに異なる力を持つ能力者は、危険な存在だ。現代の兵器で戦うのは困難を極める。それでも、世界は能力者たちと戦う道を選んだ。
「ハウンド・ディスタンス中佐、入ります」
 執務室のドアを開く前に一度ノックして、ハウンドは部屋の中へと足を踏み入れた。
 部屋の中には、軍服を身につけた厳つい顔の男と、ラフな服装をした一人の女性の姿があった。
 短い白髪を撫で付けた男は、部屋の奥にある大きい机に両肘をついて手を組んでいる。顔に大きな傷があり、身体は大柄で筋肉質だ。眼光は鋭く、六十近い歳を感じさせない。アルフレッド・カリスト少将だ。
 女性の方は胸元の開いた黒のタンクトップに青いワイシャツを重ね着している。ワイシャツは前面をはだけたまま、ただ袖を通しているだけといった感じだ。下はジーンズで、かなり使い込んであるのか一つ二つ穴が空いている。ウェーブのかかった長い髪を首の後ろで纏めており、眼鏡をしていた。態度は余り良いとは言えない。足を組んで机の上に投げ出しており、火はついていないものの、煙草を口に咥えている。
「……彼女は誰です?」
 ハウンドはアルフレッドに尋ねた。
 アルフレッドはハウンドの上官に当たるため面識はあるが、彼女には会ったことがない。何故、この場にいるのだろうか。
「今回の任務に必要な人材だ」
「フリーのジャーナリスト、ヴィクセンだ」
 アルフレッドに続いて、女性はそう言ってハウンドを見上げた。
「それで、任務とは、何です?」
「この時期だ、予想はしているだろう」
 ハウンドの言葉に、アルフレッドはそう返した。
 能力者、VAN絡みのことであるとは察しがついている。中佐であるハウンドだけ呼び出したことを考えるなら、個別の任務ということだろうか。アルフレッド個人から話があると言われて来たのだから、単独の任務である可能性も考慮していた。
 だが、ジャーナリストが必要とはどういうことだろうか。
「VANに関わることだとは思っていますが、部外者が必要とはどういうことですか?」
「奴らと戦うためには、能力者の力は欲しいんじゃないのかい?」
 ハウンドの言葉に答えたのは、ヴィクセンだった。
 現在、能力者たちはVANとROVという二つの組織に二分化されていると言っても過言ではない。第三者的な立場を取る者も中にはいるようだが、VANの味方でないという点を考えればレジスタンス側に分類しても構わないだろう。
 要は、VANに対抗するために反抗している能力者を世界の味方に着ける、ということか。
 確かに、軍の力だけではVANとの前面対決には耐えられるかどうか怪しい部分がある。世界中の軍を総動員すれば数では勝るだろうが、能力者は単体で凄まじい戦闘力を発揮する。味方にできれば有利にはなるだろうが、果たして能力者が軍に従うだろうか。
「何が言いたい?」
 少し苛立ちながら、ハウンドはヴィクセンに問う。
「こいつらの顔、見たことはないかってことさ」
 そう言って、ヴィクセンは足を置いているテーブルにいくつかの写真をばら撒いた。
「これは……!」
 ハウンドは目を見開いた。
 写真に写っているのは、先月の中ほどに起きた戦闘の画像だった。ホテルの崩壊と、能力者同士の激しい戦いはニュースでも流されている。だが、はっきりと顔が映っていたのはVANの中でもトップクラスの実力を持つ能力者、シェイド・キャリヴァルスだけだ。彼と戦っていた少年の顔が映っているものはない。
「彼らの真意を聞き出し、味方に着けたい。そういうことだ」
 アルフレッドの言葉を耳にしながら、ハウンドは写真に目が釘付けになっていた。
 一振りの刀を手に、雷を纏いながらシェイドと戦う写真には『HAKURAI JIN』と書かれている。
 そして、蒼白い瞳に敵意を宿し、一人でシェイドと拳を交える少年の写真には、『KASOU HIKARU』と名がメモされていた。


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