【小説】海の涙 12
遥希と海音は、もちろん、あの浜辺へと足を運んだ。
二人は浜辺を走り、叫び、波や海の生き物たちと戯れて…。
そして夕方ごろ、またあの「君とみた海」を歌った。
海音の透き通った声と遥希のハイトーンボイス、そして波の音が、見事な調和をなしていた。
歌い終わった後、遥希はぽつりとこう呟いた。
「この歌は、ぼくたちの歌だね」
「私もそう思う…」
夕日が空に紫と桃色のグラデーションを生み出し、海と浜をオレンジに染めていた。
まるで遥希と海音が初めて出会ったあの日のように。
しかし遥希も海音も、もうあの日の二人ではなかった。
海は海音に「素直な気持ち」を気づかせ、遥希には「限りない夢」を抱かせた。
海から「大切なもの」を得た二人の背中が、どこか一回り大きく見えたのは、気のせいだろうか。
二人は、夕日の光のひとひらが水平線に消えるまで、ずっと海の彼方を見つめていた。
遥希と海音が寺に戻ってくると、住職が出迎えてくれた。
「楽しんできたかい?」
「ええ、とても」
二人が声をそろえて答えた。
「それは良かった。ところで、お二人さんが出かけている間に、お届け物があったのだが…」
そう言って住職から差し出されたのは、遥希がさらわれたときに、あの警官に押収されたブローチ、イヤリング、そしてネックレスだった。
それにはこんな手紙が添えられていた。
「この装飾品三点を詳しく検査した結果、宝石店で盗まれたものとは異なるものだと分かった。ここに深くお詫び申し上げる…」
「良かった、戻ってきて。海音。サプライズじゃなくなっちゃったけど、これ、海音にあげる」
「ありがとう! こんなにたくさん…。」
「海音のためなら、これぐらい何ともないよ」
海音の目には、大粒の涙が浮かんでいた。
海音は、ネックレスとブローチをつけた。
そして、イヤリングの片方を遥希に託した。
「これはあなたが持っていてほしいの。私がいなくなった後も、これを見て頑張って」
「うん…。分かった」
「それでね…」
「何?」
「遥希が、私に会った最初の日にくれたペンダント、割れちゃった」
「……」
「遥希がさらわれそうになったとき、遥希をお守りするように私が念を吹き込んだの。そしたら、遥希が和尚さんの話を聞いてた時に…」
そして海音は割れたペンダントを差し出した。
それは、まるで刀で切ったかのように、ぱっくりと二つに割れていた。
「海音…」
「だから、この片方もあなたにあげる。私が生まれ変わっても、二人がずっと繋がってられるように…」
今度は遥希が泣き出す番だった。
しばらくして、住職がぽつりとつぶやいた。
「…若いっていいなぁ…」
また少し、沈黙が続いた後で、住職。
「…何言おうとしてたっけ、感動してすっかり忘れちゃったよ」
「ハハハハハハ」
遥希と海音、住職はおろか、その場の一同が大笑いした。
海音の四十九日は、厳かに執り行われ、無事に幕を閉じた。
帰り支度を終えた遥希に、住職がこう話した。
「遥希君。君の名は『遥か』の『遥』に、『希望』の『希』と書くね。
だがこの『遥』と言う字には、『細く長く続く』と言う意味もある。
だから、今回のことを心に留めて、たとえ少しづつでも長く努力すれば、きっと、『遥かな希望』にも手が届くだろう。
日々初心を忘れず、精進を怠らぬよう。
…なんか最後に説教臭くなってしまったが、とにかく頑張るんだぞ」
「本当にありがとうございます。今日から、宿題始めます!」
「よし、その意気だ。じゃぁ、道中お気をつけて」
「本当にお世話になりました。さようなら」
「さようなら。また会えるのを楽しみにしているよ」
遥希は二週間ぶりに家路についた。
後ろに波の音を聞きながら、太陽の方に向かって。
(おわり)
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