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【小説】美しい孔雀 2


そして、この日もまた、孔雀の召使いたちは、その「生ける国宝」を丁寧にカンガルー革製のお出かけ用バッグに入れ、王様の馬車の座席に乗せた。


季節は春。

南風が窓を開け放った馬車を通り抜け、かぐわしい花の香りを運んできた。



孔雀は、一体どんな美しい花が咲いているのだろうと思い、お出かけバッグの中から首を伸ばした。



するとそこには、美しい街並みが見えた。



おそろいの煉瓦屋根と、それぞれ異なったパステルカラーに彩られた壁を持つ家々が立ち並び、その内の一つの玄関口を、赤いバラの花が彩っていた。

その家に二階のベランダにも、色鮮やかな花々が咲き誇っていた。抜けるような青空に、小鳥が歌う。



「春ですね」


「そうだな」


孔雀は、春を迎えた見慣れない街並みを、ずっと見つめ続けていた。



しかし、帰りの道中、孔雀の気分は重かった。



今日、王様が馬車に乗って出かけたのは、町外れのとある有力貴族の家で行われる会議に出席するためだった。


その時話し合われたのは、町内のスラム街の整備及び公共事業の資金を、どの貴族または資本家が提供するかという事だった。


しかし、どの貴族、どの資本家も、資金提供に協力しようとする者は無かった。

貴族や資本家たちは、仕事も食料も無く日々の生活に困っているスラム街の人々の事など、どうでもいいようだった。



会議の前はあれほど晴れていた空が、今は曇っていた。



「雨が降り出した。先を急げ!」

王様がそういったので、御者は、馬を一段と強く鞭で打ち、馬を速く走らせた。



しばらく走っていると、若い娘に呼び止められた。


「王様! お母さんが病気で死にそうなんです。助けてください!」


娘は十四、五歳ほどで、着ている洋服は粗末で、手は皸だらけ、足も裸足だった。

生活に困っているのは、火を見るより明らかだった。


もし助けなければ、彼女の母親は、そして彼女はどうなってしまうのだろうか。 



王様は腕を組んで悩んでいた。



しかし雨脚はどんどん強くなる。

痺れを切らした御者が、馬を走らせてしまった。



孔雀は思わず王様に尋ねた。


「王様、あの方のお母さんを助けてあげることはできないのですか?」 


「可哀相だが、私にはどうすることもできないのだよ」


王様はそう言って、深くため息をついた。



その夜、孔雀はなかなか寝付くことができなかった。


「どうしたら、あの方を助けてあげられるだろうか…」


孔雀の頭は、そのことでいっぱいだった。

しかし、考えても答えは出ない。



孔雀は、ベッドから抜け出し、窓のほうへと歩いていった。


窓から空を見ると、雨は止んでいた。

だが、厚い雲が空をゆっくりと流れていくのが見える。



「本当にどうにもならないのだろうか…。本当に?」


今日の会議で、貴族や資本家たちは、自分から何かをしようとすることは全く無かった。

ここで、自分が、そう、自分が何かを起こさなかったら、自分も、何もしない彼らと同じ傍観者に過ぎないのではないか、と孔雀は思った。



その時、厚い雲の隙間から月が顔を出した。

月は、孔雀の足元に落ちていた、孔雀自身の胸の羽根を照らした。するとその羽根は、なんとも美しく、七色に輝いた。



孔雀の頭にいい考えが浮かんだ。

「そうだ! 私の羽をあの方にあげれば、あの方は羽を売って、お母さんを助けられるかもしれない」


大切にしてくださっている王様の元を抜け出すのは申し訳ない気もする。

しかし、このままでは何も変わらない。


それに、貧しい人々が暮らしていけるようになるのは、王様の夢でもあるのだ。



孔雀は決心した。

「あの方の元へ!」



そして孔雀はいつものように窓を開けた。



「王様、ごめんなさい。でも、私は行かねばならないのです」

そう言って孔雀は、夜の街へ、翼を広げて飛び立った。



空を飛ぶ孔雀の後姿が、月に照らされ、この上なく美しく輝いていた。


(つづく)


#小説

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