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【読書記録】ヨブ

ロバート・A・ハインライン「ヨブ」

全体の感想

図書館で借りた。
前から読みたかったやつ。なんなら買っても良いと思ってたけど、見つけられてなかったんだよね。そんなにしっかり探してたわけでもないけど。

最後まで読み応えたっぷり!
でも読みやすい。重いのに軽い。
最初は今でいう異世界転生ものを先取りしてる!と思ったけどそうでもなかった。愛と信仰の物語。

以下ネタバレ有り。推敲してないから無駄に長くなってしまった……

キリスト教世界とアメリカ

タイトルの時点で、キリスト教の話なのは想像してた。しかしやっぱり、知識が足りない。きっと読み取れてない部分がたくさんある。単純に聖書の内容も知識として足りないし、さらにカトリックとプロテスタントの関係や、アメリカの州ごとの性質の違いなんかも足りない。ファウストも読んだはずだけど覚えてない。あと北欧神話も読んでない。

メキシコからテキサスのあたりが、物語の舞台の一部となる。いろいろ読んだり見たおかげで、なんとなくテキサスというところのイメージがないではない。乾燥地帯、カウボーイ、メキシコから流入する密入国者と、自衛手段としての銃、という程度のイメージ。
きっと浅すぎる。次元転換の確認で、大統領が史実と異なっていたり、紙幣のデザインが実際と異なるという描写があったけど、アメリカで育っていたらいろんな情報が読み取れる描写なんだろう。日本で言うなら、本能寺の変が無かった世界線、というような。(アメリカと日本では国のなりたちが違いすぎて比較が難しい。)

主人公・アレックはプロテスタントの敬虔な聖職者で、ヒロイン・マルガレーテは北欧神話を信仰している。北欧神話とキリスト教がだいぶ別物というのはさすがにわかる(作中でも軽く説明がある)。一方で、主人公がカトリックのことをバカにしているのが意外だった。いや、そもそも主人公がもともと存在していた世界線は、われわれ読者の世界線とは別の世界なので、主人公の所属する団体が実在するのか、宗派の力関係は、などといった、物語の軸の一つである主人公の価値観が感覚的にわからない。

次元転換

物語のカギとなるギミックは「次元転換」である。タイムスリップではない。作中の次元転換で、何度も技術的レベルの違う転換が起きるので、SFギミック的にはタイムスリップと似ている。しかし、あくまで次元転換であり、タイムスリップではない。主人公に未来予知は不可能である。(また、エンジニアではないので、別次元の技術でのし上がることもできない。)
主人公の故郷である世界線は、飛行機がない&信号機がない、飛行船の世界であることが名言されている。マルガレーテの故郷は飛行船もない、船の世界。どちらも、きわめて容易にわかるように、読者とは違う次元の住人であることが強調されている。
それに対して、その主人公が心の底から信じている宗教的常識の数々が、どこまで読者と一致している(と作者が想定している)のかがわからない。次元転換が起こるたび、マナーや常識が変わる、と作中で明言されている。なので、テクノロジーの転換と同程度にキーとなるはず。うーん、悔しい。

キャラクター

ハインラインらしく説教くさい(だがそれが好き)主人公と、キュートでエネルギッシュなヒロイン。とても良かった。苦難にもかかわらず前向きなのも、読んでて元気づけられる。
そうそう、宗教色が強くて忘れそうになるけど、これはラブストーリー。ヒロインは登場するとほぼ同時に主人公と結ばれており、困難を経てより深い絆を強めていく。これも昔ながらのラブコメというより、最近の即落ちヒロイン的。この小説、1980年代なんだけど。
次元転換の影響で、一貫して登場する人物は少ない。しかし、そのわずかな出番で魅力的なキャラクターは多数。個人的にはトラック運転手が良かった。

「あの世」と神

物語終盤、終末のラッパが鳴り、主人公は天国に召される。そこでもまた苦難に遭うわけだが、ポイントはこの死後の世界(主人公は死んでいないが)の描写だろう。
天国も地獄も、時間の感覚が現世とは全く異なるものの、なんと世知辛いことか。天使達のお役所仕事、聖人などの階級社会。一方で地獄は、理不尽さはあるものの、そこまで居心地の悪いものではないように描かれる(なによりエロい)。この対比がとても印象的だった。作者が宗教的にどういう信仰なのかはわからないけど、少なくともキリスト教を全面的に推しているわけではなさそうだ。
最終的に、神もサタンもさらなる上位存在からすればちっぽけな存在に過ぎず、最後の審判などは神の賭け遊びのようなものだと明かされる。敬虔な聖職者である主人公には衝撃的な展開だ。上位存在はサタンですらまともに話が通じない相手。人類の上位存在というネタはSFだとよくある話ではある。

もしかして

ここからは妄想レベルの考察。
地獄に落ちてから結末にかけて、これまでのストーリーをサタンが全てタネ明かしする。一見スッキリとしたタネ明かしだが、相手はサタンである。サタンの語る全てが、アレックの信仰を揺さぶるものである可能性はあるのだろうか?
次元転換なんてむちゃくちゃがまかり通るのだから、天国も地獄も次元転換と同じ理屈で、アレックの信仰を試すために作り出された世界である可能性は?
もしそうなら、サタンの目論見は成功を収め、アレックは信仰ではなく愛を取ったということになる。
この説を裏付ける根拠はないけれど、天国以降の描写に少し違和感がある。サタン(ジェリー)の言う通りなら、天国でアレックが経験したことは仕組まれたことではないはず(この辺、ちゃんと読めている自信ない)。それにしては、光輪の出現は唐突で(まるで突然ルールが変わったように)、あらゆる天国でのできごとが、全てアレックの信仰心を削ぐように見える。

終わりに

ハインラインにしては珍しく(?)、SFというよりファンタジーなので、そもそも世界の理が違うんだろう。神やサタンが次元に干渉することについて、合理的な説明などはない。上位存在や並行世界が出てくるSFはいろいろあるけれど、それらとは別物。どっちが良いとかではなく、ジャンルが異なると感じた。
それでも変わらないのは、理性的で、信念があり、前向きなキャラクター達の魅力。一貫した世界を形作る大掛かりなSF的ギミック。
ハインラインの魅力が詰まった名作でした。面白かった。


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