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設計士のピアフ(3)

             立川生桃


女王蜂は仰る。

「ピアフ。『兵士のイロニー』と『飛行士のマリア』のいずれを女王蜂としますか?」

「どちらかを選べばどちらかを殺すことになります。余りにも非情ではありませぬか。」

「直ちに処刑だ! お前は処刑だ!」

強烈。近衛蜂が衛兵蜂に発した。

「待ちなさい。」

女王蜂は制止された。そして。仰った。

「『設計士のピアフ』。ここは学校でも塾でも、あなたの物語の一節でもありませんよ。ピアフ。私はあなたに、雄蜂のあなたに女王蜂を選びなさいと言いました。ただそれだけです。だから選ぶのです、ピアフ。」
       
「……」

ピアフは黙り込んだ。

女王蜂が仰られた。

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「ピアフよ。その『人間』のような心の解釈は止めなさい。覚悟。潔さ。魂も抜かれた『人間』という生物のほうが異質です。」

ピアフは何を言っているのかが分からなかった。

「彼らは条件を付け加えられれば、たとえそれが負の条件であろうとそれを権利のように振りかざし、駆け引きを仕掛け結果の損得を推し量ります。」

『人間』と言う発音は初めて聞いた。

「自分がふさわしいから選ぶのか自分がなりたいから選ぶのか、選ぶことに関しては同じだといってそして理由はどうとでも、ピアフ、お前のように詭弁を雄弁に補います。」

ピアフの脳裏はいかなる時も素早い。

「やがてルールは都合によって作られ都合によって弄ばれます。この王国では違います。ルールは蜂が情を込め国の為に非情を作りました。ピアフよ。お前は新しい王国の担い手の一匹でした。」

ヤバい! 先回りされてゴールに銃を構えられている姿を見た感触だった。

「さあ……ピアフよ。お前はお前が選ぶ女王の判決を仰ぎなさい。その時お前は自分の心に地獄を見ましょう。即座に。さあ、女王を選びなさい。」

「マ。マリアを女王に。」

「では。マリア。ピアフに判決を。」

「ピアフを死刑に処す。」

「なっ。なぜ?」

マリアは答えた。

「ピアフよ。なぜお前はあたしを選んだ? 敢えてあなた流に訊くなれば、なぜイロニーを殺した?」

「私は……わたしは……」

ピアフは言葉に出来なかった。

(『兵士のイロニー』は凶暴に見えた。『飛行士のマリア』が優しく見えた。マリアを女王にしたほうがわたしの命に一縷の望みを託せる。)

「まるで法則の使い手のように賢いだけのピアフよ。『兵士のイロニー』も『飛行士のマリア』も新しい王国の女王蜂に自分と相手とどちらを選ぶか真剣に考えただけなのです。自分の死をも賭けてです。」

近衛蜂が衛兵蜂に合図を送っていた(殺れ)。

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「お前は自分の死までは賭ける必要もなく、ただ真剣に新しい王国の女王蜂を選べばよかったのです。それが二匹の為でもあったのです。理解出来ますまいか? ピアフよ。お前の答えには覚悟や潔さのかけらもないのです。」

ピアフの脳裏は止まっていた。死より先に脳裏が恐怖を飲み込み麻痺していたのだ。

「それはこの王国では偽りの平和のようなものです。自分にだけ都合の良い駆け引きと損得の言葉です。ピアフよ。あなたから見れば私は非情な女王蜂にしか映らないのでしょう。」

からくり人形のようだった。なぜか首が振られた。

「しかし。私は祈ります。あなたが次代に生まれ変わる国が『人間』の国であることを。」

「……ひ……とつ……訊かせて下さい……ませ。」

「何でしょう?」

「イロニーの答えを。」

「『兵士のイロニー』よ。あなたは今何を思っていますか? そして、ピアフについては何を考えますか?」

「はい。わたしは、はやくもう一度この王国に生まれ変わりたい。ピアフについて? いいえ一切何も。」


       

                         (了)

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