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戦後からの繊維産業

日本の繊維業界の今の状態は海外からの輸入に多くを頼っており、輸出に関しては大きく減少、「斜陽産業」のイメージがあると思います。
今回は日本国内の繊維産業が過去どのように動いてきたか、戦後から時代背景とともに振り返ってみたいと思います。


戦後の日本と繊維産業

第2次世界大戦により日本の繊維産業は大きな痛手を負いましたが、
1945年の終戦後、綿織物を中心とする天然繊維織物が戦後いち早く復興しました。1950年に勃発した朝鮮戦争による特需を機に多数の参入が起こりましたが、ブーム終焉を迎えた1952年には供給過剰となり停滞傾向になります。


高度経済成長:繊維産業の躍進

1960年ごろから米国への輸出、高度成長期の内需拡大に伴い合成繊維織物の生産が増加しはじめ、1970年に織物生産量のピークを迎えます。

1970年に入ると発展途上国(韓国 台湾)の繊維産業が急成長に加え、
1971年の為替の変動相場制への移行・円高(ニクソンショック)
1972年対米輸出規制、1973年には第1次オイルショックによるインフレを背景に繊維製品の輸入が増加傾向となりました。
その後、繊維製品の輸出入はバランスを維持しつつ、1985年までは貿易収支は黒字基調で推移しました。


プラザ合意:輸出競争力の低下

1985年プラザ合意後の急速な円高をきっかけに日本の輸出競争力が低下し、その結果輸出額は1986年から現在まで約1兆円と横這いで推移している一方、輸入額は約1兆円から現在約4兆円に増加、貿易収支の赤字幅が大きく拡大していきます。

この間事業所は1986年の約14万ヶ所から現在約3万ヶ所に、従業員数は約130万人から約30万人に減少しています。

このように日本の繊維産業は戦後急速に回復・成長しましたが、それは低賃金を武器にした発展途上国としてでした。高度成長期を経て先進国の仲間入りを果たした1970年以降、ニクソンショックによる円高、オイルショックによるインフレ、プラザ合意によるさらなる円高を背景に競争力を失い、海外からの安価な製品に押され国内生産が縮小していく事となります。


これからの課題

今後の日本の繊維産業の課題としては、いかに高機能・高性能な素材を生み出せるかという部分が大きいと思います。これまで生み出してきた日本の繊維は高品質で世界からも高く評価されてきたという実績もあり信用もあります。特に自動車の部品に使用する炭素繊維など世界的に需要の高い分野をターゲットに開発できれば繊維業界は大きく伸びるのではないでしょうか。


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