銭湯文化の継承
だらしなく眠ったまま土日が過ぎていき、なんか体も汚い感じがするしまともな飯も食っていない。いっそ着替えるためだけに銭湯に向かう。
この時間は混むだろうなと思っていたら案の定で、しかも珍しく中学生のグループがいた。最初は別に気にならなかったのだが、まずそこまで広い銭湯ではない上に、中学男子というのはとにかくつるみたがる。5人いれば5人で浴槽に入る。するとメイン浴槽はほぼもう一杯なのである。
まあ彼らも自分たちが多いということは認識していて、出たり入ったりはしているのだが、一度話が盛り上がってしまうとだんだん占有する時間が長くなり、なんだよ入れねーじゃんみたいな顔しているじいさんもいる。そして少しずつ会話のボリュームも上がってくる。
じいさんも中学生も自分にとっては行く道来た道である。おたがいちんちんに毛が生えた大人同士、ちょっとどけやなんて言わなくても湯船に足を入れれば彼らだってどいてくれるし多少静かにはなる。マナーの悪いクソガキ集団というわけではないのだ。だがうるせーし邪魔である。おじさんはエゴのかたまりなんよ。ゆっくりしに来たんよ。
あまりに傍若無人に振る舞っていれば店員に注意してもらえばいい。最近は客同士のトラブルを避けるため、そういうのは店員に言うのがベターとされてるし、その貼り紙をしてある店も多い。
だが、銭湯に来る中学生というだけでおじさんは多少好意的に見ている。おじさん――つまり俺はまあまあ頻繁に来る方だが、じいさんはやがて足腰が立たなくなり来なくなる。ほぼほぼ先にも死ぬ。これからの銭湯文化を客側として盛り立てていくのは彼らのような中学生なのだ。盗み聞きするまでもなく聴こえてくる声に耳を傾ければ、どうやら中3の受験生、部活も引退して塾帰り、受験シーズンも本番突入の最中で見つけたささやかな自分たちだけの時間を楽しんでいるだけなのだ。大して多くもないであろう小遣いをガチャにぶち込んで無駄な時間を過ごすよりはよほど健全で微笑ましい。健康にもいい。帰って飯食ってやりたくない勉強やって寝ればいい。
だがそれを経てきたおじさんのエゴはもうちょっと静かにしてくれたら掌から零れ落ちていった貴重な土日に贖罪できるんだけどなあと思っている。だが、こっちが思うより多少うるさくて占有体積が多いだけでなんか言うのも違う気がする。もうあそこ行かんとこーぜとはなって欲しくない。そんな繊細でもないとは思うが。なんならうるせーよおっさんって掌と足の裏にボディソープ塗られて二度と立ち上がれないようにされるかもしれない。怖い。
おじさんは考えた。彼らに嫌な思いをさせず、もう少し静かにしてもらうにはどうしたらいいだろう。ちなみにその間にも5人入ってる浴槽におじさんは入っている。ならもうそれでいいやんとも思うが、足を伸ばしたいんよ。
作戦1…めちゃ唄う作戦。たまにいるのだが、入浴の快楽で入出力がバカになって自分が想定している以上のボリュームでなんか謎の歌謡曲を口ずさむおじさんじいさんは少なくない。俺も最初に入った時のうめき声が変な歌に繋がりそうになって驚くことがたまにある。しかしこれは彼ら以上にうるさくするということでもある。騒音の発生源を増やしてどうする。
作戦2…話しかける作戦。いやあいいねえ楽しそうで。おじさんなんか一人でさあ。どうなの? 彼女とかいんの? 受験生なの? どこ狙い? やがてウザくなった彼らは早めに上がるだろう。しかしこれは今以上にエゴを肥大化させるか目的のためにエゴを消して意味ない会話生成マシンにならないと無理である。俺が彼らでも絶対嫌だが、下手にコミュ力が高かった場合普通に話し込んでしまう可能性もある。
作戦3…微笑みおじさん作戦。ふたつマルをつけてちょっぴりオトナさ気分を味わっている彼らの弱点、それはこれからの長き人生においてあと10年ぐらいをピークに高まり続ける自尊心である。そこを直接ではなく間接的に突く。具体的には微笑んで彼らを見つめるだけである。ただし徹底的にだ。さすがに何見とんねんコラァとはならないタイプ――と言うかただの中3男子だ。ただの中3男子、それは自分のことは自分で決められるから親や教師の干渉を嫌がるし、自分たちはそれぐらい大人だと思っているおちんちんボーイである。子供扱いされたらたまったもんじゃない。しかしおじさんもまたかつてはおちんちんボーイであり、それを全部理解しているので「まあ子供だからしかたないね」という優しい視線で見守ってあげるのである。
これは劇的に効いた。ただにこやかな視線を送る、友好的なコミュニケーション。目線があったとしてもそれを続ける。徐々に会話は弾まなくなる。なんでだよさっきまでノリノリで話してたやんけと思うと、ほほえみおじさんの視線が君を包む。まあ時間も時間だったのか、彼らは最後に水風呂に入り、長く入れた方が男らしいというおちんちんひえひえマチズモ大会を繰り広げてからあがっていった。
こうしてかつておちんちんボーイだったエゴでかおじさんはようやく足を伸ばして風呂に入ることができた。おじさんは呻きながら思うのだった。多分さっきのキモおじさんやばかったな、ほほえみキモおじさんいたなってあいつら言うんだろうなと。来なくなったらどうしよう。
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