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コーラン新解釈の潮流〜LGBT編〜

「イスラムにおけるLGBTについて講演をお願いできせんか?」


そんな依頼が3ヶ月前に知人からあった。


正直なところセンシティブなテーマなので非常に悩んだものの、知人の頼みということで承諾し、数日前に何とか無事にシンポジウムを終えてきた。


シンポジウムは関係者のみが出席できるクローズドなものだったでの詳しく語ることはできないが、私が講演に向けて準備している中で知った非常に興味深かった事例はどうしても紹介したいと思う。

「同性愛より最悪な道徳的な腐敗はない」

「LGBTは麻薬、紛争、テロリズムと並んで、我が国を崩壊させるために特定勢力によって 輸入された四大問題だ」

多くの人が抱くイメージの通り、イスラムではLGBTは否定的に捉えられているケースが大半だ。一部のイスラム法学者が非常に過激な言葉でLGBTを批判しているだけでなく、LGBT当事者は死刑になるという国や地域もあるほどだ。


そんななか、LGBT当事者のムスリムによるコーランの新解釈が発表され始めている。

「かれ(神様)は、御望みの者に女児を授け、また御望みの者に男児を授けられる。また男と女を混ぜ(て授け)、また御望みの者を不妊になされる。本当にかれは全知にして強力であられる。」(42:49-50)

これまで上記のコーランの一般的な解釈は人間は人生の中で「女児を授かる者」「男児を授かる者」「 女児と男児を授かる者」(双子という説と、兄弟姉妹をさす説がある)「子どもを授からない者」という4つに分類されるというものであった。

しかし、新しい解釈では「御望みの者に女児を授け、また御望みの者に男児を授けられる」とは一 般的な男性と女性のことを指し、「男と女を混ぜて授け」とは1人の人間の中に男性と女性が混在するトランスジェ ンダーの人たちを指し、「不妊」とは出産には結びつかないゲイ、レズビアンを指すとするものだとしている。


もう1つ事例を紹介したい。

「信者の女たちに言ってやるがいい。かの女らの視線を低くし、貞淑を守れ。外に表われるものの外は、かの女らの美(や飾り)を目立たせてはならない。それからベールをその胸の上に垂れなさい。自分の夫または父の外は、かの女の美(や飾り)を表わしてはならない。なお夫の父、自分の息子、夫の息子、また自分の兄弟、兄弟の息子、姉妹の息子または自分の女たち、自分の右手に持つ奴隷、また性欲を持たない供回りの男、または女の体に意識をもたない幼児(の外は)…」(24:31)

この章句ではイスラム女性が家族や親戚の前ではベールをしなくてもよいということが述べられている。その中で注目すべきは「性欲を持たない供回りの男」という表現だ。これまで一般的には「加齢により性欲を失った老人の男性」や「性的不能者(ED)」と解 釈されてきた。しかし、「性欲を持たない男」を「女性に興味のない男性」と捉え、これはゲイを指すという新しい解釈が生まれたのだ。


このようにLGBT当事者たちの視点からコーランを読むことで、ゲイ・レズビアン・トランスジェンダーも神によって認められた存在であるいるという新解釈が続々と発表され始めている。

「あなたがたの口をついて出る偽りで、これは合法だ、これは禁忌ですと言ってはならない」(16:116)

上記のコーランの通り人間が他人の解釈に正誤の判断を下すことは許されていない。そのため少数派の意見であってもコーランを根拠にしているものに「その解釈は間違っている!」と断罪することは許されていないのだ。


LGBT当事者たちによるコーランの新解釈の動きは始まったばかりだ。今後どのような新解釈が出てくるのか?そして旧来の解釈に固執し、本来はイスラムで禁止されているはずの「あの解釈は間違っている!」という発言をする者がどれだけ出てくるのか?私は両面から注目している。


斬新な新解釈が本質的なイスラム理解の「あぶり出し機能」の役割を担うことは間違いないだろう!

Text by Nasser

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