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処遇改善等加算から読み解く保育士の給与のしくみ~なぜ保育士の給与は満足度が低いのか~

前回は保育士・幼稚園教諭等処遇改善臨時特例事業について解説をしましたが(→こちらから)、実際に配分検討のお手伝いをしていると考えさせられたことがたくさんあります。
そもそも保育士等(保育園やこども園で働く職員)の給与を上げるのになぜこんなにも複雑な制度がたくさん存在しているのでしょうか。
ということで、今回は処遇改善等加算のしくみとともに保育士の給与について考えてみます。

目次

1.処遇改善ⅠⅡの目的と落とし穴
2.昇給の実感がないのはなぜ?
3.定期昇給・能力評価・ベースアップ、昇給の方法にもルールがある
4.納得感のある給与制度にするために

1.処遇改善等加算ⅠⅡの目的と落とし穴

処遇改善等加算の制度そのものの説明をしてしまうと長くなってしまうので、処遇改善等加算の目的について簡単にまとめてみます。(処遇改善等加算は保育園で働くすべての方々が対象ですが、今回は保育士限定で書きます)
まず、処遇改善等加算Ⅰは「職員の平均経験年数に応じた賃金改善・キャリアアップの取組み応じた加算」です。保育士は専門職であり、経験年数とともに知識やスキルがアップするのが当然であるという考えのもと、前職の経験もすべてひっくるめて評価し、加算率を計算してもらえます。
ただ、ここが制度の落とし穴ですが、保育園の処遇改善等加算Ⅰは言うならば「団体戦」。個人の保育士の経験年数に応じて個々に加算が付くのではなく、職員全体の平均で考えます。たとえば経験年数30年の大ベテランAさん以外は全員5年未満の若手という施設の場合、施設に支給される処遇改善等加算の加算率も平均値で計算され、ベテランAさんは思ったほど賃金改善が受けられない可能性があるのです。
 では逆に、20年選手のベテランばかりいる施設に経験7年くらいの保育士Bさんがひとり入っていったらBさんは加算の恩恵をたっぷり受けられるかというと、今度は処遇改善等加算Ⅱの「相対評価」の壁が立ちはだかります。
 処遇改善等加算Ⅱは「技能・経験を積んだ職員にかかる追加的な人件費の加算」です。「おおむね7年」という基準が示されているものの、「技能経験を積んだ職員というのは組織の中での中堅層であり、かつ、役職階層のバランスは崩さないように」という考えがあります。なので当然ながら経験年数と研修受講の要件を満たしたら誰でも副主任や専門リーダーになれるということはなく、対象にできる職員数(加算額)が限定されているので結局は相対評価となり、いくら経験年数が7年以上であってもベテランがたくさんいたら経験20年選手の副主任や専門リーダーが優先され、Bさんは役職も加算もつかないことになります。
 同じ経験年数・スキルを有していても働く施設でポストも待遇が大きく変わってしまう、これはせっかくの処遇改善等加算の目的・意義が半減にしまうことになりかねません。実務を見ていて感じる処遇改善等加算の落とし穴です。

2.昇給の実感がないのはなぜ?

上記のしくみを見るだけでも処遇改善等加算の難しさを感じますが、職員一人ひとりが昇給を実感しにくい理由はまだあります。

 処遇改善等加算は毎年追加的に加算されていくものではありません。加算Ⅱについて、副主任には4万円がつき、以後、毎年4万円の手当が払えるように加算額は担保されていますが、3年経っても4年経っても4万円のままです。一時金で支払われることの多い加算Ⅰは増減が分かりづらいですが、考え方は同じです。
 次に昇給原資の問題について考えてみます。
待機児童問題から見ても分かるように、これまでは認可保育所のほとんどが定員いっぱい受け入れていたので、園児数に応じて計算される収入(公定価格)も限界値。一般企業のような「業績アップ」というものが長らく存在してきませんでした。収入の限界が見えていて、逆に今後の少子化によって収入減の可能性があることを考えると園独自の考えに基づいた思い切った昇給はとてもリスクです。逆に園児数が減ってしまったら加算が減るという事態も起こります。
 そして、公定価格の引き上げによる改定部分(人事院勧告対応分)の実感値の小ささも顕著になってきました。
処遇改善等加算とは別に、公務員給与の上昇率に合わせて公定価格が引き上がった部分を職員の賃金水準上昇のためにに充てるという人事院勧告対応分。施設の賃金水準アップのための原資となり得ますが、ここ最近の引き上げ率はごくわずかで、さらには社会情勢の影響もうけるためにコロナ禍のような状況においてはマイナス改定となってしまうことすらあるのです。このような状況もあり、現場の保育士さんたちは昇給の実感が持ちづらいといえるでしょう。

3.定期昇給・能力評価・ベースアップ、昇給の方法にもルールがある

一般企業であれば自社の昇給の方法については自由に決めることができます。保育園はどうかというと、どうしても処遇改善等加算の制度があるために昇給の方法について実は一定のルールがあり、法人の自由な考えに基づいて行うことが難しいといえます。

 処遇改善等加算Ⅰのうち、確実に職員の賃金改善に充てなければならない「賃金改善要件分」はあくまでも”賃金改善”が目的なので、法人があらかじめ約束している定期昇給に充てることはできません。ベースアップや能力評価、給与表の改定、手当の増額、賞与の増額等に充てる必要があります。ここで評価を入れよう、と思っても賃金改善が偏りすぎると本来の目的と違う、ということで指摘が入ることもあります。一方で処遇改善等加算Ⅰのうち、職員への支給が義務付けられていない「基礎分」は定期昇給に充てることが可能です。しかしながら絶対に職員の賃金改善に充てる必要がないという理由で、施設によって基礎分の使途は大きく異なっている現状があります。人事院勧告対応分や令和4年2月から始まった保育士・幼稚園教諭等処遇改善臨時特例事業については、賃金水準の上昇が目的なので、⑴同様、能力評価や定期昇給に充てることはできません。

確実に昇給を約束して安心して働き続けてもらいたいから定期昇給もしてあげたい、個々の努力の成果を給与に反映させてあげたい、保育業界全体の給与水準を引き上げて保育士の地位をもっと上げていきたい・・・
経営者はたくさんの思いを抱えて保育士と向き合っています。
しかしながら、上記のようなルールがどうしても自由な賃金制度を作ることを阻害していることで経営者の思いが職員に伝わらないという難しさがあるるのです。

 ではなぜ、もっと自由にできないのでしょうか。処遇改善等加算のような別建ての加算にせず、公定価格の中にすべて含めて法人の自由裁量にすればよいではないか?そんな声も多くあがっています。でもまだ実現されていません。その理由はなぜかというと、保育士のことを心から思っている経営者がほとんどの中で、ごく一部の経営者の中にこの原資を適切に使えない施設が存在していたからです。平成30年に出された総務省の行政勧告で、処遇改善等加算が職員に確実に配分されていないという指摘があり、そこから自治体に対して、賃金改善の確認の強化が求められるようになりました。令和2年度には処遇改善等加算についての申請・報告の方法が大きく変わったのはこうしたことも影響しています。

4.納得感のある給与制度にするために

処遇改善等加算の問題点ばかり書いてしまいましたが、この制度を全否定したいわけではありません。保育士の職業というものがもっともっと社会的に価値を見出され、若い世代がこの職業に魅力・憧れを感じて保育の奥深さを語り合える仲間が増えていくようになっていくためには賃金改善や職場環境改善という部分を切り離して考えることはできないからです。処遇改善等加算という制度はそれらを実現するために絶対に必要なものであると私は考えています。そして、とても上手に運用している法人もたくさんあります。
 制度を改定を要求するといった未来思考ももちろん重要だと思っていますが、今ある制度のスキームを最大限生かしていくために重要なことをあげてみたいと思います。


⑴「キャリアパス要件」
確認を要されていないこともあり、とりあえず形を整えているだけの施設がとても多いですが、キャリアパス(キャリアの道筋)をしっかり考え、保育士に寄り添うことができたら保育の質も保育士の意識も大きく変わります。そして自分の給与への納得感も見違えるほど変わります。そのためには時間をかけて何度も丁寧に説明すること、定期的な評価とフィードバックの機会を設けることが重要です。
「ニュースでは処遇改善で保育士の給与が上がると言っているのになぜ自分は上がらないのか?」
「よく分からないけど辞令をもらっていきなり4万円も月給がアップした」「短大時代のお友達の保育園の方が私の園よりも月給が3万円も高い」
こうした声があるのは、自分の給料がどのように決まっているのかというしくみも分からず、友人との比較や自分の肌感覚だけで何となく待遇への不満を感じてしまっているからです。

⑵労務管理
給与を決定する根拠ではなく、給与を計算するためのルールです。いくら根拠があっても、正しい勤務時間の把握や残業計算がなされなかったら処遇改善の実感も納得感も得られません。園長やリーダーが正しい労務の知識を得ることはこれからもっと求められていくべきです。

⑶業務改善
原資は限られているので、丁寧な保育を追求しつつ、効率化できる部分は変えていく必要があります。業務改善が進まない施設の特徴として⑵の労務管理ができていないことにより本来の人件費が見えていないというケースも考えられます。保育士の自己犠牲に甘んじることなく、同じ方向を向いてこどもの成長を心から喜ぶことができるような環境を作っていくためには、やはり業務改善は欠かせません。


処遇改善等加算の制度も大分浸透し、エッセンシャルワーカーとしての保育士の価値というものも見直されてきました。ただ、前回も書きましたが、保育士の本来の価値は必要な社会インフラとしての職業ではありません。この加算の意味を最大限引き出し、自発的に保育士の職業の魅力を引き上げていくために、保育園側にもできることがあります。人事制度や労務管理を整えていくことできっと保育の世界は変わっていく、そんな考えが浸透し、職場環境の見直しが進むことを期待します。


                                             社会保険労務士ワーク・イノベーション 
                      代表 菊地加奈子 

社会保険労務士法人ワーク・イノベーション
https://workinnovation.co.jp/

会員サイト<保育イノベーション>
https://hoiku-innovation.com/



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