見出し画像

「おばあちゃんになっても働き続けたい」という想いに思うこと #パレット3

私の副業先、西澤朋子さんが手がけるPR会社「WORKING FOREVER」(https://www.workingforever100years.jp/)のコンセプトは、「おばあちゃんになっても働き続けたい」。前職の先輩でもある西澤さんの想いが溢れる理念だと強く思います。そして同時にそのコンセプトに強く惹かれるものがありました。

幼少期から憧れるもの

人生100年時代。100人100色の生き方、働き方がある時代で、自分の人生どう過ごしたいか、どう在りたいかの軸をしっかり据えて生きていくことは必要不可欠だと思います。

私自身は幼少期から「何ものか」になりたいと思い生きてきました。
18歳で日本を飛び出しテキサスの大学へ進学したときには、「専門人材になるのだ!」と意気込んでいたのを覚えています。私自身、「働き続けて活躍していくこと」は早い段階で染み付いていた考え方だったのです。

私がイメージする「働く」にネガティブなイメージが一切なかったのです。一生懸命大学などで学んだ知識を活かしながら経験を積んで難題もクリアしていくーー頼られる働き方ができると疑っていませんでした。

画像2

大学時代のワンシーン

想定外の「現実」

しかし、この理想は早くも崩れ去ります。新卒で入社した会社では、自分が思うように物事は進みませんでした。テキサスでの経験は「アメリカかぶれ」と言われ(「気に入らない」と先輩からはランチなども誘ってもらえず孤独でした)、「1年目にはまだ早い」とクライアントの打ち合わせはおろか、メールでさえも共有されない。毎日郵送するための封筒の仕分け、宛名のラベル貼り、エクセルでのメディアリスト管理ーーもちろんこれらの作業は広報の基本的な作業であり経験することは重要ですが、約1年間この作業だけを続けなければならず、苦痛を感じ続けた日々でした。

そんな日々でも、「広報」という仕事は本当に大好きでした。先輩方が新しい案件の相談を持ち帰ってきては横目で見ながら、どう提案するのか、自分ならどうしたいか、想いを馳せていたのです。

自分が何者にもなれていない、存在さえも消されているようなこの状況をどうにか打破しなければと、異動届は毎年出し続け、その一方で会社の規模からしたら小さなお仕事でも、クライアントや社内の関係者と丁寧にコミュニケーションを重ねて自分自身をブラッシュアップしていきました。1年目の辛い日々が原因で体を壊しやすくなってしまい、持久力に欠ける毎日でしたが、クライアント様のニーズに的確に迅速に応えるために文字通り猪突猛進、突き進み続けたのです。

立ち止まって気づいた大切なこと

濃い営業生活を過ごす中で結婚し、子どもを授かり、仕事を離れる機会がありました。
走り続けた6年間、その小休止に心底ほっとしました。
しかし、ほっとして立ち止まった瞬間感じたのは、「私は仕事を楽しんでいたのだろうか?」という疑問。
「クライアント様のために」と働き続けた日々を振り返ると、
「辛い」という言葉しか思い浮かばないのです。

6年間ほぼ毎日、朝の通勤前に猛烈に襲われる嘔吐の症状に苦しんだこと。
駅までの坂を登りきることができなくて、夫にずっと背中を支え、押してもらいながら通勤したこと。
会社の最寄りの駅の駅名を見るだけで気分が悪くなったこと。
「仕事をするということは、こういうことだ」と、どこか目をつぶってきましたが、この小休止のタイミングで気づいてしまったのです。

「私、全然仕事を楽しんでなかった。」

愕然としました。

新卒で入社して6年間、「アメリカかぶれ」「気に入らない」と言われてから、必死で海外大学卒という事実を隠して生きていたこと。でも翌年入社した同じ境遇の社員はその能力を生かしてイキイキと働いていることを横目で見ながら自分の中から消し続けたこと。

「専門人材になる、働き続けて活躍していく」

18歳で自分に宣言したことは、全て「楽しむ」が根底にあったのだと気付かされたのです。

「専門人材になる、働き続けて活躍していく、”楽しみながら”


現職との出会い、西澤さんとの再会

現職は、人材業界です。「ひと」を見続けて「ひと」のために大切な情報を発信し続ける。
ひとりでも多くの人に「働く喜び」を感じていただきたい、
この強い信念をひとりひとり持ちながら本気で仕事と向き合っています。

私の経験(海外大学での経験ももちろんのこと)を認めてもらい、
「あるがままの私」で仕事ができる文化がそこにありました。

本気で仕事を向き合う人たちの中で、仕事の「楽しさ」を感じまくる毎日。
求めていたものはこれだった、そう感じました。

転職前には、仕事をする時には嘔吐の症状と闘わなければならないのではないか、また最寄り駅を見たら気分が悪くなるのではないか、その恐怖がフラッシュバックのようによみがえり不安でいっぱいでしたが、いまは仕事が楽しく、生活に溶け込むほどになっています。

仕事に対してポジティブに捉えられるようになった時、西澤さんが独立され、「やらされる仕事ではなく、自分が楽しいと感じる仕事をし続けたい」という想いを軸に置いて会社を起業されたと聞きました。その信念を胸に全力でお仕事と向き合われている姿を間近で感じて、自分が求め続けていたことはこれだと、「仲間になりたい」と強く惹かれていきました。そして今に至ります。

ーー

冒頭でお伝えした通り、人生100年時代、100人100色の人生を歩める時代です。
私が考える働くに対する想いは私にとっての正解であり、
また違う人にとっては違う解釈になると思います。
それでも、幼少期からの自分自身の夢を叶い続けられる日々は、私の人生の中で輝いています。

「おばあちゃんになっても働き続けたい、”楽しく”

これからもたくさんの人と関わりながら、夢を叶え続けていきたいと強く思います。

#Profile
あわが あい
PRコンサルタント/コミュニケーションデザイナー

画像1

テキサス州立大学ジャーナリズム学部PR学科卒業。大学卒業後、広報専門総合代理店に入社して社会人の洗礼を浴びる。入社以来ディレクション局にて医療系の広報活動から芸能イベントのプロモートなど幅広いPR案件に触れて経験を積む。2015年、2017年の出産を経て2018年12月に人材紹介会社の社外広報へ転職。2020年8月からPRコンサルタントとして活動開始。パラレルキャリアを突き進む2児の母。最近は禅や心理学、哲学に興味あり。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?