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「狂言劇場その9」より『鮎』

2021年6月25日、世田谷パブリックシアターの「狂言劇場その9」Bプロ。古典狂言の『舟渡聟』と同時上演されたのが、新作狂言『鮎』でした。観劇から時間がたってしまったけれど、やっぱり書いておきたくての投稿です。

『鮎』を初めて見たのは2017年の国立能楽堂での初演の時。新作狂言とはどういうものだろうと、すごくワクワクして見に行ったことを思い出します。その後、Eテレの「にほんごであそぼ」などで、いくつかのパートに分けて上演されたりして、特に前半を見る機会はあったけれど、今回は、久しぶりに通しで見られる、しかも、オリジナル演出たっぷりの「狂言劇場」ではどうなるかな、と興味津々でした。

この作品が他の多くの狂言と明らかに違うのは、2点。1つは登場人物の名前、キャラクターがはっきりしていること。もう1つは、時間の流れがあることです。

主人公の小吉(こきち)は、上昇志向のある若者。野村萬斎さんが演じられました。相手役の才助(さいすけ)は、山で自然とともに暮らすおじさん。古稀を越えられた石田幸雄さんが演じることもあり、ゆったりと懐の深い好々爺というイメージです。

物語は前半と後半とで、色合いがくっきり違います。前半は、地元でこてんぱんにやられた小吉が逃げてきて、才助に救われるパート。才助は、助けた小吉を釣りたての鮎を焼いてもてなします。この時の鮎が、すごくかわいい! 釣られるのも楽しそうだし、炙られても「あーちや、あちやー、あーちあちあちやー」と歌い、人間に食べられて成仏するのがうれしい、と、言いながら、自ら身を差し出すような感じ。食べる小吉は、演者さんが後ろ手にもった棒を引き抜くようにして、うんうん、とおいしそうに食べるのです。才助は「うまいだろう、こうやって田舎でのんびり、鮎でも食べて生きていけばどうだ」とナチュラリスト的生き方を勧めます。しかし、小吉は「いやだ! 俺は都会に出て、ビッグになるぜ!」と飛び出してゆくのです。

そこで才助は、知人の宿屋に小吉を雇ってほしいと連れてゆきます。そこで苦労しながらも、どんどん成り上がってゆく小吉。この辺りは、同じ世田谷パブリックシアターで野村萬斎さん演出・主演で上演された「藪原検校」を思わせるところがあります。

ついに宿屋の主人(だったかな、とにかくトップクラスの偉い人)に上り詰めた小吉の元に、才助が甥を連れて頼みごとをしにくる。それを、小吉は「何であんたの頼みごとを聞かなければならないんじゃ」と冷たくはねのけ、さらに「それでは簡単なものでいいので食事なりとも」と頼む才助に「金も払わないで食う気か、ずうずうしい!」と憎らしげな言葉を放つのです。

こんなふうに、物語が起こって、数年後にこうなってという時系列の展開が狂言には珍しい。通常の作品なら、原因→結果というくらいで時間の進み方はあまり感じません。あるいは、季節の喜びを表現するという、時間的には一瞬を切り取っただけのような作品も多い。そんな中で、数年にわたる物語というだけで現代的だなーと感じたのでした。

さて小吉、傍若無人がたたって失脚します。この辺りも藪原検校に似ていますが、あんなに残酷なことにはなりません。そしてラストの演出が、国立能楽堂の時とはまったくちがって、むき出しのバックステージを露出して、殺伐とした都会を感じさせるという大胆なものでした。かっこよかった。鮎のかわいらしさとの対比が鮮烈だったし、いつもの狂言を見ている時とは全く違った後味。また見たいな、と思いました。

観劇直後だったらもっと生々しいことを書けたかもと思うと残念。再演されたらもう一度よく見てしっかり味わいたい作品でした。

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