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「第9回やっとな会」より『蝉』と『蝸牛』

1年と3ヶ月、2回の延期を経て、満を持してのやっとな会。「万作の会」の狂言師・深田博治(ふかた・ひろはる)さん主宰の狂言の会です。深田さんの出身地・大分で公演をされることが多いようで、初めての観劇を楽しみに、去年の5月のチケットをとっていたのですが、第1回目の緊急事態宣言で、1年延期。今年の5月の予定が、第3回緊急事態宣言で再延期。そして2021年7月25日。「オリンピック間近だからこの時期なら大丈夫だろう」という深田さんを含め、大方の予想を裏切っての第4回緊急事態宣言中に、今回は決行の運びとなりました。

プログラムは、(1)解説・ワークショップ、(2)野村萬斎さんによる小舞「蝉」、(3)狂言「蝸牛(かぎゅう)」、(4)素囃子「舞働(まいばたらき)」、(5)深田さんと萬斎さんによる狂言「博奕十王(ばくちじゅうおう)、(6)質問コーナーと盛りだくさん。

今回はコロナ禍ということで、声を出してのワークショップは中止になりましたが、深田さんによる解説、とても楽しかったです。今回の目玉作品「博奕十王」は、最近はあまり上演されないけれど、バブルの頃、そして今も大活躍の萬斎さんが大ブレイク中だった頃に、よく上演していたそうです。すごかったのは、NHKホール2日間。スモークを炊き、舞台の奈落から鬼2人がターミネーターの音楽とともにせり上がってくるという、普通ではなかなか考えられない演出。鬼役を務めていた深田さんいわく「すごく気持ちよかった!」そうで、いつか演じてみたいと思われていて、今回念願叶ったそうです。他にも、今回の上演にかける思いを優しく、おおらかな口ぶりで話だくださいました。

さて、小舞。「蝉」は何度か見ていますが、こんなにシャープで颯爽とした舞だと気付いたのは初めて。白の着物に銀の扇を持った萬斎さんがひらり、ひらりと踊ります。止まった姿勢からふっと消えるように飛び上がる跳躍、くるりと回転しながらの跳躍など、3種類のジャンプが出てきて、うっとり見とれている間にさっと終わってしまいました。美しかった・・・。小舞の魅力に開眼してしまったかもしれません。今後、「蝉」を楽しみにしてしまうこと、間違いなし。

「蝸牛」は、萬斎さんのお父様、万作先生が主人公の太郎冠者を、石田幸雄さんが太郎の主人を、中村修一さんが山伏を演じました。この作品は、山伏狂言のうちの道中物というジャンルになるそうです。

主人が太郎冠者に「うちのおじさんは長寿でおめでたい。その人に長寿の薬であるカタツムリを差し上げたらなお良いだろう。取ってこい」と申し付けます。太郎冠者は「わかったけど、カタツムリとは何か知らない」というと、主人は「頭が黒くて、腰に貝をつけていて、時々ツノを出す。大きいのは人くらいある、藪にいる」と、ヒントを出して送り出す。そこで太郎は、藪の中で昼寝をしている山伏をカタツムリだと思い込み、「一緒にきてくれ」というわけです。これは面白いことになったと、山伏。愚か者の太郎冠者を騙して楽しもうという算段です。

たしかに頭に黒い帽子をかぶっているし、腰に法螺貝を下げている。けれどもツノは? というと、後ろを向いて、首から下げている黒いボンボン(梵天というもの)を頭にひょこっと乗せて見せて、太郎は納得。
山伏は「じゃあ、おんぶしてくれ」と甘えるも断られ、「じゃあ、踊りながらいきたいから、お前は囃してくれ」と歌を教える。それが「にほんごであそぼ」でもおなじみの「雨も風も吹かぬに出ざかま打ち割ろう」「でんでんむしむし」という掛け合いの歌です。

いつまでも帰ってこない太郎を心配した主人が迎えに来てみると、太郎は見知らぬ山伏風情と、いい気分になって踊っている。「何してるんだ」と叱ると「ご用命のカタツムリです」と。そんな会話をしている太郎を、山伏は後ろから引っ張り、「もっと歌えよー」とねだります。太郎は再び踊りに戻る。このやり取りが何度か繰り返されます。

歌の節回しがシンプルで軽やかなので、楽しくなっちゃう太郎の気持ち、ちょっとわかります。万作先生の太郎は、すごく素直でちょっとまじめ。だけど主人に「迷惑なことを言いつけられたなー」という人間らしいところもある。そして主人も、太郎冠者のことをダメなやつだと思いながらも心配して探しに行って、「お前、だまされてるぞ」と教えてあげる。みんな優しいな、明るいな、と思えてほっこりする狂言です。

長くなってしまったので、「博奕十王」のことは次の記事にいたします。

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