『すべては心から生まれる。』ブッダの言葉
激動の時代、これからの世の中がどうなっていくのか。それをわかる人などいるのでしょうか。
今から約2500年前に悟りを開いたお釈迦さま(ブッダ)はダンマパダというお経の中で次のように説きました。
ものごとは心にもとづき、心を主とし、心によってつくり出される。もしも汚れた心で話したり行ったりするならば、苦しみはその人に付き従う。ー車をひく(牛)の足跡に車輪がついていくように。ーブッダの真理のことば 感興のことば 中村元訳 第一章 ひと組づつより
近年の啓発本、脳科学分野、実用書などを読むと必ずと言ってもいいほどに、ブッダの思想をもとにした内容を見受けることになります。
一切皆苦。諸行無常。諸法無我。身体は不浄。
これらはブッダが説いた真理であり、不変の法則。それ以前、遥かよりある原則。
この迷える時代を生きる成功者と言われるような人々も皆、救いを求め、やはり、神や仏という存在、そして自然に対しての畏敬の念にたどり着いたのでしょう。
バブル期あたりを前後して、一時的に世の中を風靡した個性重視の成功法はもはやどのような場面でも見抜かれてしまう。
コヴィー博士が言うように、サミュエル・スマイルズが言うように、D・カーネギーが言うように、ローマ皇帝マルクス・アウレリウスが言うように、歴史上の科学者たちや偉人たちが言うように、過去はなく、未来もなく、私たちはただ、今このときを、誠実に善き行いをして生きるしかない。
過去とともに生きるには抱えるものが重く多すぎる。未来を追いかけ夢見るには壁が高すぎる。だから一歩一歩を歩んでいくしかない。
近年の啓発本を読むと、そう思います。
ブッダが直に話したことば(経典)の訳本を読むことがいちばんの正攻法なのではないかとさえ思えます。そしてそれはその通りなのでしょう。
あらゆることが起こり得る時代の中で、私たちが世の中に対してできること。
善き行いとは何かと問われれば、それは無畏の心。
畏敬の念はしっかりと持ちながらも、未来を恐れない心。
後悔をしない暮らし。良心と意志の力。
誰かが苦しんでいて差し伸べられる手を待っているならば、恐れない姿を見せてあげること。
それがいちばんの陰徳なのだと思います。
そのために私たちができること。
それはやはり習慣なのでしょう。
真面目な書き方になりますが、本当にそう思います。
万象は心が生み出している。これは魔法や不可思議な物語などではなくて、シンプルに、思いをもとに、行動し、行動したから結果がある。
だからこそ、すべては心から生まれている。
とてもシンプルな法則です。
出したら片付ける。食べたらすぐ洗う。笑顔で挨拶をする。
感謝を伝える。出会いを大切にする。約束を守る。
人生とは贈り物なのだとその大きさに気づく。
何を習慣にするのかは人それぞれなのですが、あらゆる取り繕いが剥がれてしまうような世の中で、日々行なっていることのみが私たちを守ってくれるように思うのです。
ダメダメで後ろ暗い私が偉そうなことを言ってしまいましたので、私も今日からまた頑張ります。
あなたにいいことがありますように。
あなたが幸せでありますように。
マルコ
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