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誕生日にはケーキがいる-ストロベリーショートケイクス-

子どもの頃の私にとって、ケーキと言えば、大量生産の味がするタカラブネかパルナスのケーキと決まっていた。
タカラブネもパルナスも関西を拠点とする洋生菓子チェーンで、一時はかなり大規模な店舗展開をしていたが、現在は二社とも営業譲渡、廃業して、その存在すらなくなってしまっている。

特にパルナスは、つばの大きな帽子をかぶった男の子のイラストと「モスクワの味」というキャッチフレーズとともに、どこか物悲しげなCMソングが印象的であり、1970年代以前に生まれた関西人にとってみれば、実に思い出深い存在だったと言える。
ダウンタウンのまっちゃんも、パルナスの歌をテレビで歌っていたことがあった。
個人的には、日曜日の朝、「未来少年コナン」の放送時に必ず流れていたのが、懐かしい。

私の地元にあったパルナスは、ヒロタやコージーコーナーなどでよくあるように、駅舎の中にショーケースカウンターだけを構えた小さな店舗で、その駅舎が新しい駅ビルに建てかわる時に閉店してしまった。
誕生日やクリスマスなんかの特別な日に、ケーキを買うといえばパルナスへ行き、決まって苺のショートケーキを買ったのに、古い駅舎が壊された日は、パルナスの甘い思い出が失われてしまった悲しい日だった。

パルナスがなくなったとほぼ同じ頃、私は引越しをした。
遠い場所に引っ越したのではなくて、同じ市内に新築した家への引っ越しだった。
新しい家には、大きなオーブンが備え付けられたシステムキッチンがあり、それで母と一緒にケーキやクッキーなんかを作るようになった。

うちで焼くケーキは、タカラブネやパルナスのそれとは全く違うものだった。
パルナスみたいにふわふわの軽いスポンジではなく、しっかりしっとりとした色と食感があり、たっぷり卵の味がした。
その生地を、淡白でやわらかくて甘さ控えめの生クリームでぶきっちょに飾りつけ、苺をたくさんのせていた。

「ストロベリーショートケイクス」、今日、渋谷で観た映画のタイトル。
4人の女性の、恋に縛られる日常。
どこかゆがんでいるようで、どんな女性も共感を見つけそうなリアルな日常。

「そんなに難しく思わないほうがいい。そのほうが楽しいよ」
「楽しいってそんなに大事なことですか?」

微笑さえ浮かべてまっすぐ問い返す覚悟に対して、かける言葉がない。

幸福なふりをして、自分は幸福だと思い込む。
そうすることが幸福になるための、最初の糸口だから。
そんなことを信じて、たぶん、みんな明るく笑っている。

実際、それはあながち間違っていない。
「笑う門には福来る」って言うように。

誕生日にはケーキがいる。
甘いものが好きでも嫌いでも、それは幸せの象徴だから。

ケーキが焼けるときのオーブンから漂う香りは、甘くて心地いい。
卵と小麦粉の優しい香りがする。
それは懐かしくて、愛おしく、まるで、世界は幸福なものばかりで構成されているように感じさせてくれる特別な香り。

その幸福な香りを頬ばって、また一つ年齢を重ねること。
悪くないよね、幸せだよね、と噛みしめる。

誕生日には、ケーキがいる。


ストロベリーショートケイクス(2006年・日)
監督:矢崎仁司
出演:池脇千鶴、中越典子、中村優子他

■2006/9/24投稿の記事
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