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コーポラティブハウス-スパニッシュ・アパートメント-

分岐点になるような出来事は、いつも過ぎてみて「ああ、あれがそうだった」と振り返るものだ。
若くて向こう見ずなモラトリアムの、始まりか終わりか、あるいはいずれかの些細な瞬間、そういった類のポイントが後の人生を図らずも大きく変えてしまう、そういうことはありふれるほどよくある。

そんなありふれた、ある若者たちの姿を映画「スパニッシュ・アパートメント」の中にも認めることができる。

フランス、ドイツ、イギリス、イタリア、スペイン、ベルギー、デンマークと、欧州7カ国から集まった7人の留学生が暮らす、バルセロナの「ごちゃませ」アパート。
一つ屋根の下で、それぞれが背負った個性と国民性が賑やかにぶつかり合い、和気あいあいと混ざり合う。

古くて大きなアパートを借りて他人同士がシェアリングするスタイルは、日本ではあまり一般的ではない。
私自身が想像してみても、よく知らない人たちと共同生活を送るなんて、あまり居心地が良さそうには思えない。

でも、海外などでそういう経験をした人たちは一様に「楽しかった」と言うので、そんなものなのかもしれない。
殊に、若い頃、というのは、自分のライフスタイルも不完全であるがゆえに他者を受け入れることに柔軟で、人との関わりに投下するエネルギーにも溢れているからなのかもしれない。

先日、友人夫婦の新居でのパーティにお呼ばれに行った。

場所は参宮橋。
前の会社の同期も参宮橋に住んでいるのだけれど、この辺り、本当に素敵なおうちばかり。
こんなところに住んでみたい、と憧れを誘う。

目的地は少し狭い路地を入ったところにあるけれど、そんな中でも一際オシャレな外観のマンションを探せば、迷うことなくたどり着くことができる。
なぜなら、この夫婦、本当に趣味が素晴らしく、以前住んでいたお部屋にお邪魔したときも、時折ドラマやCMの撮影に使われたりすることもあるらしいそのマンションの佇まい、そして彼らの部屋の溢れるセンスと居心地のよさに、余すほど吐息をついたことがあるからだ。
新居も、間違いなく素敵に違いない。

彼らの新居は、賃貸ではない。
また、分譲マンションというのとも違う。

それは、コーポラティブハウスという古くて新しいスタイル。

言い換えると「現代風長屋」だそうだけれど、つまり、通常のマンションのように設計や工事が始まってから入居者が決まるのではなく、ある土地にマンションを建てるという企画だけがあり、そこに入居者となる人たちが集まって、皆で相談しながら、どんな建屋にしていくか決めた上で建築が始まるのだ。
そうすることで、空き部屋が出るリスクをなくし、入居者を募るための広告費を浮かし、結果として購入費用が安くなる利点がある。

それは共同所有のマンションであり、一つ一つの部屋は完全に入居者それぞれのオーダーメイド。
各自が好きなようにデザインし、建具を選び、施工業者を選ぶ。
確かに手間ひまはかかるけれど、「家を建てる」という歓びを存分に味わうことができて、その上リーズナブルなのだから、こんなに素晴らしいことはない。

まして、この友人夫婦のようなセンスとこだわりのあるふたりには、ぴったりのスタイルだと言える。
旦那様が得意気に言うには、「ドアノブ一つまで自分で選んだ」のだそう。

ご自慢のキッチンはドイツ製で、独特のクランクしたデザインや大きなオーブンや、安全性も考えてあるという点火スイッチの形状まで、ウンチクとポリシーが満載。
このキッチン、インテリア雑誌で紹介され、近々には雑誌「VERY」にも掲載されるらしい。

「うわー、まるでコマダムじゃないの」と言うと「でも、VERYに出てくる奥さんが働いてちゃだめよねえ」と某外資系航空会社勤務の奥様は言う。

メゾネットタイプの間取りで、リビングは地下。
高い吹き抜けにあたたかく艶やかな照明、自らを「イスマニア」と呼ぶ旦那様のご趣味に適った色形とりどりのチェアにソファ。

こんな部屋で過ごす毎日は、まるで映画みたい。

音を消した薄いテレビに、「スパニッシュ・アパートメント」の映像が流れていた。
これは、旅行と飛行機が大好きな奥様の趣味。
そして、やがてリビングルームは、次々に訪れる陽気な友人たちの笑顔とおしゃべり、そして美味しいお料理、パーティの賑わいそのものに包まれる。

気がつくと、隣のうちの子どもたちまでやってきていた。
コーポラティブハウスという独特のスタイルは、共同所有者として家を作り上げてきた隣人どうしのつながりも強くする。
6世帯あるマンションの住人たちがそれぞれの部屋を行き交うかたちのパーティが催されたりもするらしい。
まさに、長屋のような感じで、ルーフバルコニーづたいに「こんにちは」とやるわけだ。

「同じ箱なのに、どのうちも全部内装が違うから面白いよ。それぞれの個性が出る」

そんなふうな、ごちゃませ。
ここにも、スパニッシュ・アパートメント。

そこはまるで、日常という名の壮大なモラトリアムをドラマチックに盛り立てる要素が詰まった、心躍るイエだった。


スパニッシュ・アパートメント Spanish Apartment(2001年・仏/スペイン)
監督:セドリック・クラピッシュ
出演:ロマン・デュリス、オドレイ・トトゥ、ジュディット・ゴドレーシュ他

■2005/11/20投稿の記事
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