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揺さぶり-WIZ/OUT-

10年ほど前は何かというと足を運んでいた気がするけれど、最近は、映画を観るときくらいしか渋谷には行かない。
メジャーな映画は自宅や職場から近い品川プリンスや六本木ヒルズのシネコンで観ることが多いので、この街で観るのは「渋谷でしか観られない映画」ばかりだが、意外と、この「渋谷でしか観られない映画」の数は多い。

この街には、東京で一番多くの映画館があるが、映画情報のサイトで一覧を数えてみたら、24あった。
大小様々、上映する映画も客席の構造も、それぞれに個性豊かだ。

その日、私が向かった映画館は、建物自体は普通だが、その立地においてかなり個性的だった。
住所は円山町、坂の麓、つまりラブホテル街の入口にある。

ちょうど一年位前に、(別に変なシチュエーションじゃなくて)たまたま前を通ったことがあり、そのとき一緒にいた人と「こんなところに映画館があるんだね」と会話したことを憶えている。



そのとき外に貼ってあったポスターは韓国映画らしかった。
いかにも裏通りの、いかにもアンダーグラウンドの、そして掘り出し物の匂いがした。
そこに何かしら、この世界の重要な秘密が隠されている、そんな予感。

日曜の夜、渋谷ユーロスペースで観た映画は、「WIZ/OUT」というタイトルだった。
それは幾つかの意味で、今、まぎれもなく確かに「渋谷でしか観られない映画」だ。

物理的に、世界中で現在この映画が公開されているのが、ここだけだという意味もある。 
あるいは、この作品の主な舞台となる場所が渋谷である、という意味もある。
それから、渋谷の持つ混沌と、この作品の持つ混沌が、多次元的にシンクロしている、という意味もある。

疾走する映像と音楽に飲まれながら、現実のすぐ隣にある不思議な世界を突っ切っていくのは楽しい。
緩慢な空気と、冷えかえる空気が混じり合う場所で、立ちすくむような120分。
ヘッドホンの出力が、予期もせず不規則に左右すばやく切り替わるときのように、不意打ちに心さらわれる感覚。

スクリーンから得たものはそういう印象だった。
ただ、わだかまりのように残ったのは、ちょっとした不完全燃焼だった。

これ、映画じゃなくて、連ドラ向きのテーマじゃないのかな。

短い時間に色々な要素が詰め込まれていたけど、登場人物たちがどうしてそこまで追い詰められてるのか、いくら異常なシチュエーションだといってもあまりに極端な行動ばかりとるのか、いまひとつ分からなかったのだ。
映画のチラシには「街を歩きながら、たくさんの人の中でも”孤独”を感じる瞬間がある」と書いてあり、この映画がそれを主題に描かれていることは間違いない。
それなのに、登場人物たちが密かに感じている”孤独”については、コラージュのように描かれているだけで、「きっと、それぞれなんかあるんだろうな」という予感にとどまってしまい、結局は明らかにされないのだ。

主要登場人物は、大学の仲良しサークルFLAPSのメンバーたち。
皆、いつも明るい笑顔をしているが、本当は各々苦悩や迷いを抱えていて、どこか自分を偽りながら生きている。
期待される自分、理想とする自分、自分自身さえ知らない自分。
他人と関わりながら生きていくことに疲れ、隠された本音が悲鳴を上げている。

このテーマには共感するけれど、たった120分で複数の登場人物の「隠された本音」を解き明かすことには無理がある。
結局、本編からそれは断片的にしか伝わらず、「自分たち以外の人間が全て、ある日忽然と消えてしまった街」という異常な状況の中で、登場人物の一人はそれ以上の孤独を求めようとし、またある者は早々に諦観して音の海に身を投げようとし、またある者は他人と自分に狂気の引き金を引こうとしてしまうのか、その理由が全然分からなくて戸惑ってしまうのだ。

普通、もしそんな異常事態に置かれれば、まずは今すぐそばにいる人間と決して離れたくない、一人にはなりたくないと思うはずだし、家族や大切な人のことを心配するはずだし、混乱して泣いたり叫んだりするんじゃないのだろうか。
なのに、彼らの行動はどこか不自然だ。
平凡な大学生に見えた彼らが、まるで人格が変わったように、予想を裏切る行動をとる。
少なくとも私には、それは「裏切り」に映った。

どうして?なぜ?突然?

分からない。理由が語られることはない。

だから私は、これはほんの120分の映画作品ではなく、連続ドラマかなにかで少しずつ、一人ひとりの登場人物に光を当てて描いていくような類のテーマなのではないか、と思った。
消化しきれない気持ちが、ぼんやりと残ってしまったのだ。

けれど、映画を観てから数日後、私は「WIZ/OUT」という作品の真意を知ることになった。
製作者が「体験」だと述べている理由、その本当の意味も。

「WIZ/OUT」には、現実と映画の境目を限りなく失わせるしかけが、作品の中外に織り込まれている。
今から2年以上前、撮影が始まる数ヶ月前から、主要な出演者たちは役柄になりきって一緒に行動し、脚本の背景となるエピソードを現実になぞってきた。
FLAPSメンバーたちはそれぞれMixi上にアカウントを作り、物語が始まる直前数ヶ月間に渡って個人的な日記を更新していた。
それを関係者以外の誰が観るわけでもなく、公に存在を知られることもなく、登場人物たちが交流するブログやコミュニティが運営されていたのだ。

しかも一つ一つに筋書きがあるわけではなくて、大まかな設定だけがあって、後は出演者たちが自分で考えて、役柄自身の言葉を綴る。
つまり、登場人物たちは、2年以上前から現実の世界に生きていて、ただその一部だけが映画という作品に切り取られている、そういうしかけなのだ。

映画を観る前から、そのブログやコミュニティの存在は知っていて、その一部には目を通していた。
よくあるような学生ノリの陽気さや軽さや、いっぱしの責任感や正義感が誇示されて、いずれにしても、ごくありふれていると感じるほど自然なやりとりのブログだと思った。

各自のMixi日記については、少し読もうとしたが、ついていけなくてやめた。
会ったこともない人間の、あまりに個人的な日記というのは、読むに耐えないものだ。
それも現実によくあることで、ごく自然な反応を自分はとったのだと思う。

けれど、映画の中で感じた不完全燃焼感に引っ張られ、私はもう一度、ブログとMixi日記を読んでみることにしたのだ。
映画を観た後のそれは、もう「会ったこともない人間」のものではない。
顔も名前も、その表面的な性格も知っている。
少なくとも、隣のクラスの同級生というくらいの距離感ではある。

そして、驚いた。
映画を観る中で疑問に感じたこと、軽い違和感、飛躍しすぎているように見えたもの、スクリーンの中には断片としてしか描かれなかったもの、その隙間を埋める「隠された本音」が、ここで語られている。
しかも、2年以上前から、そこに用意されている。

不完全燃焼に再び火がくべられて、パチパチと乾いた音を立てた。
夜の骨を鳴らすような音だ。

映画を観る前は読むのが苦痛だったはずのMixi日記を一気に読む。
たとえば、謎を残して失踪してしまった隣のクラスの同級生の、秘密の日記を見つけたような。
なにげない日常について綴った日記が、途端に意味深く感じられる。
それは同じものなのに、もう同じもののようには思えない。

映画を観るという「体験」が、全てを違うものに変えてしまったのだ。
そしてまた、2年も前から用意されていたその日記を読むことによって、眼前のスクリーンで起きた出来事をも別質に変える。

映画はあくまで映画なのだから、作品中に表現される120分間で全てが伝わらないならば意味がない、そういう考え方もあるだろう。
いくら「解説」的な情報が与えられたところで、それがなければ完成しないような作品は価値がない、そういう視点もある程度理解する。

でも、もしかしたら。もしかしたら、と思うのだ。

人が感じる孤独感や、人がおぼえる絶望感。
他人は結局不可解で、いつも自分にばかり向いてしまう関心。
そういったものは、もしかしたら、「WIZ/OUT」を観たときに私が感じた「何かが足りない」「何かが見えない」というもどかしさに近いものなのではないだろうか。
あるいは、映画を観る前の、「会ったことのない人の日記は面白くない」という気持ちや、「謎を残して失踪してしまった隣のクラスの同級生の日記には興味を惹かれる」という気持ちも、他人との関わりの中であまりにリアルなものなのではないか。

私たちは、友達が突然泣き出したとしても、その理由を、知らないことの方が多い。
突然会社や学校に来なくなる人のことも、その本当の気持ちを知らないことの方が多い。
私たちは、いつも何も知らない。

突然?

受け止める側にとっては確かに突然だ。
けれど、本人にとってみたら、そこに至る過去があり、物語があり、理由がある。
自分の目の前でだけ、相手は存在しているのではない。

私がいないところでも、彼らは生きて、考え、感じ、苦しみ、悩んでいる。
決してそれを表に出さなくても、私が知ろうが知るまいが無関係に。

物語が始まるよりも前から、物語は続いていた。
既に彼らは生きていて、少しずつ時間をかけて限界まで膨れ上がったものが、ただ作品中で爆発した。
観客は、その爆発だけを見た。

爆発の理由を、知るわけもない。

私たちが本当に人を理解しようとし始めるのは、予期もしない大きな揺さぶりを受けたときだけだ。
「突然街から人が消える」というような異常事態は間違いなく揺さぶりになるだろうし、「WIZ/OUT」を観るという「体験」も、もしかしたらその揺さぶりの一つなのかもしれない。

WIZ/OUT
監督:園田新
出演:沢村純吉、原田佳奈、門脇みずほ、三箇一稔、左右田謙、三好昭央、西田美歩 他

■2007/10/28投稿の記事
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