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「萌え」の研究-七人のおたく cult seven-

秋葉原は、年に一度行くか行かないかの場所だけれど、足を運ぶ度、ちょっとわくわくする。
ここがどこなのか分からなくなってしまいそうなボーダレスオーラをビシビシ受けて、なんというか、東京の懐の深さみたいなものを見せつけられる、そういう感覚。

そもそも秋葉原は、戦後、軍が放出したジャンクな電子部品を扱う闇市として発展してきたそうだ。
それが端緒になって、ラジオや無線機の一大市場となり、やがて家電量販店が軒を連ねるようになる。
その後、時代の移り変わりとともに主たる商品はパソコンパーツとなるが、私が東京に最初に暮らし始めた90年代半ば頃は、ようやくその波が訪れた時期だった。

私が初めて家庭用にPCを購入したのは1997年だったが、後に富士通に就職した「アキバ系」の友人の勧めに従い、指定された型番のパソコンを秋葉原の指定された店(雑居ビルの中にある、まともな看板もない薄暗い店)へ、一人で買いに赴いたことを思い出す。
あの時は、購入すべき価格まで指定されて、訳も分からず指示された値段まで値切った。
パソコンに対してはド素人なのに、下手に交渉を掛け合う客を、店の人はさぞかし奇妙に思ったに違いない。



そんな思い出の秋葉原だが、10年前のド素人がPCを触らない日は一日としてない生活に身を浸すほどになった猛烈なネット社会の広がりとともに、街の様相は大きな変化を遂げてきた。
今や秋葉原は、従来の電気屋街としての位置づけばかりでなく、PCやインターネットや、アニメやゲームといった、一口に語りきれない多種多様なサブカルチャー的マニア心が入り乱れる、一種独特の街である。
近頃は特に、「電車男」に象徴されるような「オタク文化」の中心にあって、東京広しと言えど一際異彩を放っている。

東京ミッドタウンだとか、新丸ビルだとか、はたまた表参道ヒルズみたいな小洒落た街も悪くない。
郊外の上品な住宅街も悪くないし、お台場や豊洲のようないかにも人工的な街もそれはそれでいい。
ただもしも、世の中の街という街が全てそういう「理想的」な発展を遂げてしまったら、こんなにつまらないことはない。

秋葉原のような、無闇やたらアンダーグラウンド方向に進化してしまった、こういう街に活気が溢れている様子には、それを受け容れる東京の寛大さ、あるいは余裕みたいなものがあるような気がして、私は意味もなく嬉しくなってしまう。
こういう街があって、こういう街に生きる人たちがいて、東京は今日も確実に元気だ。

真夜中の西郷さん訪問から3週間後、東京見物第二弾として友人が提案してきた思いつきは、「秋葉原に行きたい」だった。
秋葉原のメイドカフェで、メイドに向って「萌え~」と言いたいのだと主張する。

「えー」とまた眉をひそめる私。
だけど、メイドカフェって一回行ってみたい気もする。
そういうわけで、日曜日、初めてのメイドカフェに行って来た。

久しぶりの秋葉原だったけれど、例のごった煮的多種多様感は以前に増したような気がする。

まず、とにかく外国人が多い。
観光客が免税の電化製品を買いに来るのだ。
東京は国際観光都市なのだなとも思う。

それから、もちろん、名物「アキバ系」ファッションの男性たち。
Tシャツの上から半袖の襟付きシャツを羽織り、色の薄いジーンズを履いて、リュックにスニーカー、紙袋も欠かせない。
髪は長めで眼鏡比率も高い。

けれど意外に、普通の男性も多かった。
今ドキっぽいお洒落な若い男性2人組や、可愛い女の子を連れたイケメン男子。
そういう人たちが、メイドカフェの前で行列を作っている。

入り口の前で中の様子をうかがっている雰囲気は、明らかに一見さんというか、物見遊山の観光客のそれで、かく言う私たちも別にアキバ系じゃないし、彼らと視線が合うと、「いやー不慣れなものでー」といった感じで互いにはにかんでみたりする。
「メイドカフェ」という響きに乗せられて集まった、単なるミーハー人間どうしだ。

店内は大そうな盛況だったが、実際、メイド目当てで訪れる「本気の」客は全体の3分の1程度という感じで、他は誰もが初心者らしくキョロキョロとしたりニヤついたりしている。
メイドたちはそんな客に対しても慣れた様子で、男性を「旦那様」、女性を「お嬢様」と呼んで案内し、常に笑顔を絶やさない。
特別美形というわけでもないが、発する声は高くて甘いアニメ声で、とにかく愛想がよくて可愛らしい。

なかなかよくできたアミューズメントだ。
「そういう設定」の世界観で、なりきった女の子たちが様々なサービスで楽しませてくれる。
ちょっとした会話も、旦那様とメイドのロールプレイで一々笑えるし、注文した品を運んできたときは、「旦那様のお食事がもっともっと美味しくなりますように。萌え萌えフラーッシュ」と振り付きで歌ってくれる。
1時間に一度はお楽しみタイムがあって、マイクをもってメイドが司会をし、「萌え萌えじゃんけん」ゲーム大会。

グーはにゃんこポーズ、チョキはカニさんポーズ、パーはうさぎさんポーズというわけで、全員参加で萌えポーズ。
くだらないけど面白い。

どうやら常連の客には、メイドがコースターにメッセージを書いて渡すらしい。
私たちの目の前に座っている40代半ばくらいの「本気」客は、手渡された円形のカードを嬉しそうに胸ポケットにしまっていた。
観光地化が進み、面白半分のライトな客が増える中、こういう心遣いがコアユーザーの心も掴んでいるのだろうなどと思う。

じゃんけん大会の司会をしていたメイドの一人、アメちゃんは、偶然その日、誕生日だったらしく、店全体でバースデーソングを歌った。
アメちゃんは予期していなかったらしく、「こんなこと初めてですぅ」と感動して涙ぐむ。
きっと彼女には夢があるんだろうな、なんてことを想像したりする。

私の連れが「アメちゃんは何歳になったの?」と尋ねると、「17歳です♪」と答える。
「え?」と一瞬固まる私たち。それ、ギャグ?
「メイドは永遠の17歳なんです。ここにいる子はみんな17歳です♪」
あー、ギャグじゃなくてプレイね。

面白い。
面白い世界だ。

ここのカフェのホームページをチェックしたら、メイド募集の条件に「18歳以上」ときっちり書いてある。

ごった煮の東京。
ごった煮の秋葉原。

いろんな人がいて、いろんな夢がある。

92年の邦画に「七人のおたく」という作品がある。
ミリタリー、アマチュア無線、格闘技、アイドル、ジオラマ、Mac、アウトドアと、それぞれに好きなことを飽くこともなく突きつめていくおたくたちが、力を合わせて悪人と闘うという、かなりくだらないB級コメディだった。
映画はまるでシャレみたいな内容だが、現実の世界にもシャレみたいなことは起こるもので、それがプレイやゲームなのか本気なのかは置いておいて、たぶんそれは、個性のごった煮が醸し出す味わいなのだろう。

面白いことを作り出す人がいて、それを享受する人もいる。
やはり東京は懐が深い。


七人のおたく cult seven(1992年・日)
監督:山田大樹
出演:南原清隆、内村光良、江口洋介他

■2007/8/3投稿の記事
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