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公園の住人-シャーロットのおくりもの-

10月の3連休、ある晴れた日。浜離宮公園を散歩する。

以前、汐留の高層ビルの中から、毎日のようにこの公園を眺めていた。
広々として海に臨み、緑が生い茂り、静かな池と刈り込まれた植木が見える。
「離宮」という言葉の響きは、なぜか「竜宮城」を思い起こさせる。
あそこをのんびり散策したら、どんな気分なのだろうと思いながら見ていたのだ。

逆に公園から、私がいつもこちらを眺めていたはずのビルの21階付近を見上げると、その窓は小さすぎて、中に人がいると思うととても不思議な感じがした。
今もあそこから、こののどかで平和な公園を見渡している人がいるだろう。
休日出勤の合間に休憩をとり、紙カップのコーヒーを片手に息をつきながら。
あるいはホテルのラウンジで、午後のひとときを寛ぐ恋人たちや外国からの観光客もいるかもしれない。

海に近づけば潮の香りがする。
東京は海に面している、という事実をなぜか忘れがちなのは、私だけだろうか。
だから、思いがけず香る甘じょっぱさに、いつも驚かされてしまうのだ。

雨が降りそうだったけれど、空はもちこたえていた。
思った以上に来園者が多くて、空いているベンチを探すのにも一苦労だった。
海を隔てて倉庫街が見える。
数日前の強風で、コスモス畑がくたりとしている。
芝の植えられた広場で、アボリジニの民族楽器を使った演奏会が開かれている。

私は、今年の秋初めて、ブーツを履いている。

少々ぬかるんだ土にブーツのヒールが刺さるのを気にしながら、ただゆっくりと歩き、他愛もないおしゃべり。
子どもの頃、水泳大会で一等賞をとったこと。
夏休みに蜘蛛の観察日記をつけたこと。

「蜘蛛の巣がどうやってできるか、調べたりね」
「どうやってできるの?」
「そりゃあ、口から糸を出して・・・とにかく作るんだよ」

そんなことは話題にするほどの問題じゃないよといった感じで、半分面倒くさげに彼は話をはしょる。
たぶん言葉で説明されてもよく分からないだろうと踏んでいたので、私も実際、その場でそれを詳しく説明して欲しかったわけではない。
でも、蜘蛛が巣を作るところを見てみたいな、と思ったのだ。

小さな生物の、細やかでかつ大胆な所作。
蜘蛛の巣は、一本一本の糸で編み上げられるように作られているのだろう。
スパイダーマンが手のひらから出すみたいに、いきなりネット状の巣が口から吐き出されているわけではあるまい。
私は妙にそれに興味を覚えた。
でも、その日の日没までには、すっかりそんなことは忘れてしまったのだ。

先日、久しぶりの友人が試写会に誘ってくれた。
作品はクリスマス公開の映画「シャーロットのおくりもの」で、UIPの試写室における未完成披露試写会だ。
完成一歩手前の「未完成披露」というのは初めてで、少し得をしたような気がする。

「シャーロットのおくりもの」は童話を原作とした作品で、ダコタ・ファニング演じる少女と彼女が助けた子ブタ、その子ブタが暮らす農場の納屋の住人たちとの物語。
映画を観るまでは、シャーロットというのは少女の名前だと思っていたのだけれど、実際は違った。
それは、子ブタと仲良しになるメス蜘蛛の名前だったのだ。
声はジュリア・ロバーツが演じている。

春に生まれた子ブタのウィーバーは、自分がクリスマスまでにはハムかソーセージにされてしまう運命だと知る。
絶望に打ちひしがれるウィーバーに、親友シャーロットははっきりと約束するのだ。
「私があなたを必ず助けてあげるわ」

蜘蛛のシャーロットは、彼女の奇跡的な技術で、その巣の上に文字を浮かび上がらせる。
春生まれの子ブタに雪を見せるための特別なメッセージを。

私が釘づけになったのは、シャーロットが巣を作るシーンだ。
口から糸を吐き、一番前方についた2本の足でそれを器用に結びつける。
まずは縦糸で車輪の軸のように直径を描き、続いて横糸で軸を編みこむ円を作る。
結び目は補強して丁寧に仕立てる。
優雅に大胆に宙を舞い、繊細に芸術的な銀色の巣を作り出す。
朝露が日の出の光に反射して、つやつやときらめく。

こうやって蜘蛛の巣は作られているのか。
幼い頃、彼が観察したのはこれだったのだ。

糸にかかった虫が身動きがとれないところにすかさず近づいて、表面を一気にぐるぐると糸で巻いていく。
やがて繭のような白い糸のかたまりができて、その中で虫は溶かされていくのだという。
当たり前だけれど、世界には特別な生態をもった生き物たちがいる。
彼らは人間には決してできないことができるし、私たちの勝手な常識の内であろうと外であろうと、それぞれの命を育んでいるのだ。

浜離宮の松の枝に、大きな蜘蛛が巣を張っていた。
「ほら、こうすると寄ってくるよ。振動に反応するんだ」
落ち葉を拾って巣の端っこを突っつくと、スルスルスルと蜘蛛が寄ってくる。

公園にはそんな住人がいる。


シャーロットのおくりもの Charlotte's Web(2006年・米)
監督:ゲイリー・ウィニック
出演:ダコタ・ファニング、ジュリア・ロバーツ、ロバート・レッドフォード他

■2006/11/19投稿の記事
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