Google Earthで世界旅行-マイノリティ・リポート-

世の中、まじで進んでいるらしい。
そう思ったのは、「Google Earth」の存在を知ったこと。

同じプロジェクトのS君が「最近、Google Earthでトルコへの想いを募らせてるんですよ」なんて言うので、「なになにそれ?」とたずねると、「ほらほらこれ」と教えてくれたのがそれ。

Google Earthって、どのくらいポピュラーなのだろう?
Google Mapはかなり普及してきたように思うのだけれど、こちらの方は、知らなかった私が遅れているのかと思いきや、案外他人に言っても知らない人が多い。

それは、衛星写真だけで構成された地図なのだ。
しかも、世界規模で。

地球まるごと衛星写真で作った地図。
地球上のあらゆる場所が、「写真で」再現されている。

Google Earthを起動すると、暗闇に地球が浮かび上がる。
青い海に、碧の大地。

それを、ぐぐぐぐーっとズームしていく。
みるみると急降下していく。

この感じはGoogle Mapと近い。
最近のナビゲーションシステムの初期動作とも近い。

でも、動きこそ同じでも、絵と写真では感動が違う。
しかもそれが地球規模なのだから。

日本に照準を合わせるのと同じように、アメリカでもエジプトでも南極でも近づいていける。
品川区役所を探すみたいに、ホワイトハウスもクレムリン宮殿もこの空間の中に見つけ出すことができる。

S君が、カッパドキアに想いを馳せてみるように。

世界の姿をとらえるために、ページの端にかいてある番号を追って、何枚もページをめくらなくていい。
ポインターを指のようになぞらせて、一筆書きで世界一周。

そして、ナスカの地上絵がどんな直線と曲線で構成されていて、どのくらい大きいのか知ることができるのだ。
それどころか、私の家の屋根の色だって、ちゃんと確認できる。

写真の精密度は地域によって異なり、日本では大都市圏だけがその対象になっていて、たとえば東京23区内であれば道路の一本一本、建物の屋根の一つ一つ、地上を歩く人影さえ確認ができる。
一方、地方部については街並みと言えるほどのレベルには到底追いつかない。

アメリカの一部の地域については、最も高い精度で拡大することができ、歩く人の性別や路上駐車の自動車の車種や、あるいは街路樹が落とす影さえ確認できるらしい。
技術的には、もっと高い精度を実現することも可能だと言うし、これを動画にすることや、あるいはリアルタイムで中継することだって、できない話じゃないだろう。

それを突き詰めていけば、もしかしたら、いながらにして世界旅行とも言えるような三次元の再現ができてしまうということなのかもしれない。
まるで、ホログラムによる再現のような。

近未来を描いたSF映画「マイノリティ・リポート」で、トム・クルーズ扮する主人公が、死んでしまった息子と別れてしまった妻と過ごした日々をホログラム式ビデオで再現するシーンがある。

再現された空間。
目の前に作り上げられたバーチャルな世界。

もしかしたら将来、地球儀をクリックしたらこんなふうに、ホログラムが世界のあらゆる場所を私のまわりに作り上げてくれるなら、それは、どこでもドアのようだし、瞬間移動のよう。
テレビ電話のような感じでリアルタイムにつながっているとしたら、会社にも学校にもいかなくてよくて、自分の部屋が会議室にも教室にもなって、そこにいるかのように友達と話もできる。

夢のようだ。

でも。

「マイノリティ・リポート」でも主人公は、ホログラムに包まれて泣くのだ。
体温のない息子を抱きしめようとして空振りし、余計に「そこにいるかのようでそこにいないこと」を知るのだ。

だからたぶん、どんなに精度の高い擬似瞬間移動装置ができても、私たちは旅に出続けるし、そこにあるものの姿を確かめに行く。
ホログラムに包まれて泣くのとはきっと違う涙を、リアルの世界で流すため。

Google Earthは行ったかのような気分で満足を得るためじゃなく、たぶん、よっぽど行きたい気持ちを駆りたてると思う。
余計に、強く揺さぶると思う。

人というのは、なんだかそんなふうにできていると思う。

S君の最近の遊びは、Google Earth上で世界遺産をいち早く見つけるゲームなんだそうだ。
それってわくわくする。

わくわくして世界に、手を伸ばしてみたくなる。


マイノリティ・リポート Mignority Report(2002年・米)
監督:スティーヴン・スピルバーグ
出演:トム・クルーズ、コリン・ファレル、サマンサ・モートン他

■2005/11/15投稿の記事
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