恐怖の報酬

 確かNHKの衛星放送で観たはずの「恐怖の報酬」のことを本日は書きたいと思います。この映画はウィリアム・フリードキン監督にリメイクされていますが、そちらではなくモノクロのオリジナルの方です。ちょっとこれは尋常でない迫力のとんでもない映画でした。もし劇場で観ていたら息苦しさのために失神したのではないかと思えるくらいです。

 監督はアンリ・ジョルジュ・クルーゾーさんなのですが、よくもここまで徹底した映画が撮れたものです。有名な話なので皆さん知っているでしょうが、遠く離れた地で油田火災が起こり、それを消火するためのニトログリセリンを運ぶという危険な仕事に挑む男達の話です。何というシンプルさでしょう。その後のサスペンス映画のプロトタイプと言ってもいい構造です。

 メキシコの国境近くでしたでしょうか、映画の舞台は貧しい町から始まります。そこで一攫千金を夢見ている男がイヴ・モンタンです。そうですあの歌手で有名なあの人です。それが素晴らしい男臭い演技を見せたということでもこの映画は話題になりました。その恋人がヴェラ・クルーゾーさんで、名前から分かる通り監督の奥さんです。彼女は以前紹介した「悪魔のような女」にも出ていました。前半はこの町の描写が長く、息が詰まるような閉塞感が続きます。そして油田火災が起こり(この火災の描写も凄いのですが)、いよいよニトロ運搬の仕事に四人の男が名乗りを挙げて、映画が動き出します。

 ちなみにイヴ・モンタンの役名がマリオで、仲間にルイージという男もいるので、スーパーマリオはここから名前を取ったのかも知れません。有名な話だったらすみません。で、先ほど映画が動き出すと言いましたが、ここからカタルシス満点かというとそうではありません。だってニトロを運ぶんですから乱暴な運転はできません。男達は二台のトラックに分かれて、あくまでゆっくりと慎重に運転します。それなのに、運命は彼らをあざわらうように障害の連続を用意するのです。

 このハラハラ感と言ったら凄いものがあります。なまじ前半から続くリアリズムが徹底しているだけに、本当に爆発するのではないかという怖さがあります。安易なご都合主義が通用しない世界だという認識がすでに観客に植え付けられているからです。狭い道だとか、岩が道を塞いでいたり、有名な「スポンジの吊り橋」であったり、私が一番凄いと思ったのは原油の池を越えるシーンです。迂回できないので、そのままトラックを突っ込ませ、立ち往生したので相棒がトラックを降りていろいろやっているうちに足を踏まれてしまうのです。しかしイヴ・モンタンは非情にもその足を踏み越えて水たまりを抜けます。このときの相棒役のシャルル・バネルの苦痛にあえぐ演技には本当に鬼気迫るものがあります。

 数々の難関を乗り越えつつ、男達のドラマも描かれていきます。結構長い映画なのです。それでもう大丈夫かなと油断したころに、もう一台のトラックが爆発するタイミングの絶妙さも憎いです。しかもドカーンと爆発するのでなく、モンタンがタバコを吸おうと紙の上に葉を乗せて、さあ巻こうと思ったときにサッと風が吹いて葉が飛ばされるのです。それで顔を上げて前を向くと、黒煙がキノコ雲のように上がっているという、爆風というか衝撃波を先に見せるもの凄い演出で、びっくりしました。

 映画はまあニトロ運搬は何とか成功するのですが、最後はまた強烈な結末が待っていて、なんでこうも非情な展開にするのかと言いたくなるくらいです。これが安易な映画だと作り手をくさすだけで終わるのですが、これだけ映像とドラマに説得力があるとそれも出来ず、ただただ打ちのめされてしまいます。それでいて本当に面白い娯楽作になっているのですから、ちょっと希有な映画と言えるでしょう。

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