宇宙戦争

 私がスティーヴン・スピルバーグ原理主義者だということは何度か公言していますが、そろそろ「宇宙戦争」について書いてもいい頃合いだと思うので書かせていただきます。多分私は少数派だと思うのですが、この映画の全面支持者であったりします。これは大傑作です。私は予告もさんざん見てかなり期待して劇場で観たのですが、その期待をはるかに上回るほどの映画でした。正直言って打ちのめされました。何と言ってもトム・クルーズ演ずるブルーカラーの労働者視点で、何でもない日常から、非日常へとの転換。これがまるで台風や自然災害時のワクワク感まで伝わってきて、いつもながらスピルバーグ監督のリアリズムには舌を巻くばかりです。

 そして町の人達とだべりながら落雷が落ちたという交差点へ。ここからトライポッドが登場し、阿鼻叫喚の地獄絵図になります。撮影技術もそうですが、演出、演技、全てがパーフェクトのシーンです。怪光線を食らって灰になる人間たち。その灰を頭からかぶったまま、なんとか逃げ延びたトムがダコタ・ファニング演ずる娘の待つ家へ。この辺りのブラックユーモアもいつもながらニヤニヤさせられます。

 そして子供たちを連れて実家へと逃げるトム。ここから正確な情報は何も分からないまま、まさしく戦時下の状況の中でトムの一人称とも言っていい旅路が始まります。ヒステリーを起こすトム、墜落した飛行機、車のまわりを回るカメラ、炎を上げて走る列車、そしてそれを呆然と無感動に見送る人々、素晴しすぎるシーンが次々展開します。いちいち書いていたらもの凄く長くなりそうな気がしてきたので、適当にはしょっていきましょう。

 避難民たちとともにトムは軍隊の誘導のもと、妻の親の家に向かいます。この辺りの描写は911の影響がモロにあります。そしてさらなるトライポッドの襲撃。ここからはスピルバーグの情け容赦なさが爆発しています。背後から迫るトライポッド、やっとのことで船へ、水中からもトライポッド登場、船傾く、トムたち川に落下、浮き上がると上から船に積んだ車が降って来る、それに引き込まれ川底へ、なんとか逃れて水面へ、怪光線攻撃、と息をもつかせぬ展開です。

 トムはこの映画では普通の人間で、逃げ回ることしか出来ません。それをふがいないと思ったのか、息子はなぜか生身で特攻。行方不明になってしまいます。さてトムとダコタは一見優しそうなオッサンに地下室に匿ってもらいます。役者さんはティム・ロビンスです。この人はいい人役が多いのですが、体がデカイので悪人をやっても迫力があります。いい人に見えたこのティムが実はだんだんと常軌を逸した行動をとり始めます。トムとしては娘の身の安全のことも考えて、彼を始末してしまうのです。直接描写はないのですが、これはかなり勇気のいるシーンだったと思います。正義とか悪とかでなく、戦時下で起こりそうなリアルで嫌な事件です。それを主人公であるトムにやらせているのです。明るい娯楽映画を期待して観た人にはかなりショッキングな展開だったのではないでしょうか。

 そんなわけで、SF版プライベート・ライアンと言ってもいい、嫌なリアルさに満ちたこの映画(そういえば群衆パニックシーンも恐ろしかったです。人間の方が恐ろしいくらいに)、宇宙人の侵略が進み、暗く、赤い世界になっていきます。こうなってくるとちょっとファンタジーですね。

 トライポッドとのちょっとした戦闘の後、軍隊と合流。トムはそれまでトライポッドを無敵にしてきたシールドがなくなっていることに気づきます。トライポッドに鳥が停まっていたからです。それを知った軍隊はさっそく攻撃を開始。わずかではありますが、この映画で珍しくカタルシスを味わえるシーンです。やはり米軍の強さを少しは入れないとダメだったのでしょうか。結局、中の宇宙人は地球のウイルスにやられていたという原作通りのオチ。これは知っていたので別に何とも思いませんでした。というかこの作品のSF的な考証や設定など、かなり古い作品なのにそのままやっていることがちょっと批判されたりもしたのですが、私はまるで気になりませんでした。面白い映画だとそういうものなのですね。

 ラストは妻のところへ無事やってくるトム。そこには息子もすでに来ていました。息子は無事だったのです。抱き合う父子。これを安易なハッピーエンドと言う人もいるようですが、私はそうは思いませんでした。これもの凄くビターな終わり方だと思うんです。これから先のトムに何もハッピーなんてないですよ。別に妻と寄りを戻せるでもなく(言い忘れてましたが妻とは離婚してます)、息子との断絶も、抱き合ってはいますがきっと解消出来てません。そしてダコタの記憶にはトムと過した時間は悪夢的体験になっているでしょうし、トム自身は戦争中とは言え、誰も知らないところで手を汚してしまいました。その十字架をずっと背負って行かなければならないのです。

 なんとも理不尽な映画です。宇宙人を殺してトムが大暴れ、ヤッホーという映画を期待していたら全然スカッとせずにモヤモヤの残る映画で、不評が多いのもまあしょうがないのかなと思います。ですが、私はこのラストを見てニヤニヤしていました。本当にスピルバーグって意地の悪いユーモアが好きなんですね。そして私はそんなスピルバーグが大好きなのです。

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