ハードキャンディ

 本日は2005年のサスペンス映画「ハードキャンディ」の感想を書きたいと思います。これが全編密室の二人きりだけの濃密なサスペンスで、こういうものは脚本、芝居、演出が全てちゃんとしてないと興ざめするものですが、この映画は見事でした。出会い系サイトで知り合った男と少女が会うことになり、少女は意気投合して男の家に行くところから映画がスタートします。そこに至るまでかなり会話が長いのですが、セリフがよく練られているのと、顔のアップを繰り返す異様なカット割りで飽きさせません。

 もしこの映画のストーリーをまるで知らなかったらこの時点で、そんな奴の家に行くな、危ないぞ、とサスペンスを味わえるのでしょうが、残念ながら予告や映画紹介でこの映画の大まかなストーリーを知っていたのでそんなことにはなりませんでした。ただストーリーを知らなかったら観に行かなかったでしょうから難しいところです。

 公開からかなり経っていますし、事前情報として出ていましたので私もそこはネタバレしてしまいますが、この少女がとんでもない少女で、男に睡眠薬入りの飲み物を飲ませ、寝ているうちに縛り上げてしまいます。そしてこんな少女を家に連れ込んでどうするつもり、とか言いがかりをつけてきます。いやいやお前がついてきたんだろ……、とこの時点では男に対して同情的に思えます。よくある異常心理もので女につきまとわれる映画「死と処女」や「ミザリー」や「恐怖のメロディ」などと同じ系統の映画に見えます。しかしそれは監督の計算です。面白くなって来るのはこの男が本当に幼女性愛者で、他の行方不明の少女にも関わっているらしいと分かって来るあたりからです。最初は好人物に見えた男だけに、凄く不気味な感じが出ています。この後も男はあからさまに異常者演技をすることなく、あくまで常識人風に振る舞いますが、その辺りも抑制が利いていて素晴しい。

 ただし男の正体がなんであろうと、例の手術のシーンではどうしても男に対して感情移入してしまいます。だって切り取るんですよ! 「ミザリー」の百倍イヤですよ、そんなの。そんな感じで直接的な映像を見せることなく、イヤな見せ場がかなり続きます。

 とにかく二人の役者の演技に感心しました。1時間40分をほとんど二人だけで引っ張ります。脚本にも余計な引き延ばしはありません。好みが分かれるとしたらストーリー展開でしょうか。最後に何か真相が明かされるとかいうわけでなく、ちょっと匂わされる程度です。周到に伏線が引いてあって、驚きのオチがあるというミステリではありません。もちろんいろいろ想像することは出来ます。私は観ているうちに、これ実は男の娘なんじゃないか? とか、この少女、親も殺してきたんじゃないか? とか、いろいろ妄想しました。しかし映画はこの少女の正体を明かしません。やろうと思えばいくらでも出来たと思うのですが、そっちの方向へ行かないかわりに、この少女が男たちの欲望の対象になって消費させられた全ての少女たちの象徴になることを選んだようです。これはこれで素晴しいと思います。ただ少女自身がセリフで言っちゃってるのは惜しいですが。

 公開当時は話題になったんですが、そこまで観られていない感じもします(そもそも公開もミニシアターだったはず)。いずれにしろ、表面的なショック演出とかに頼らず、じっくりと作られた良質なサスペンスとしてもう一度見直されて欲しい良作だと思います。

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