プライベート・ライアン

 今回ご紹介するのは、スティーヴン・スピルバーグ好きの私としては、避けて通れない衝撃の問題作「プライベート・ライアン」です。いや別に問題作じゃないですね。普通に大好きな映画の一つです。公開時にかなり強烈な描写があるので注意みたいな触れ込みがあったため覚悟して観たのですが、いやもう何と言っていいか、スピルバーグ流のリアリズム演出の集大成みたいな感じで堪能しました。

 友達と一緒に観に行ったのですが、これぞ劇場で観るべき映画の代表格と思いました。特に音響のいい劇場で観るべきでしょう。演出もさることながら、一兵卒の視点から描かれたカメラワークやリアルな戦場音と相まって、自分が本当に戦場にいるような気がします。戦争体験者が観た時フラッシュバックを起こしたという話もうなずけてしまいます。

 冒頭のオマハビーチの描写がとにかく圧巻です。上陸するぞー、と言った瞬間ボートに乗り込んでいる兵士が前から順番に蜂の巣にされるところで度肝を抜かれました。そしてドイツ側の視点に移って上陸する兵士たちに向かって機関銃で掃射するところの迫力など、いやそんなもの人間に向けて撃ったらダメだろ、と今まで戦争映画を観てきて一度も思ったことの無いことを思ってしまいました。全く新しい戦争映画を作ろうというスピルバーグ監督の試みは、私に関しては大成功というところです。この冒頭の描写は本当に恐くてたまりませんでした。主役のトム・ハンクスが出てきてからもいつ銃弾が飛んできてトムの頭が吹っ飛ばされるか、と気が気でなかったです。

 お話は第二次世界大戦で、ライアン二等兵の兄弟たちが相次いで亡くなったので、最後の一人を救うために急遽救出チームが編成され、救助に向かうというものです。このプロットだけを見ると、血湧き肉踊る敵中突破アクションのように思えます。いや確かに戦闘描写は迫力満点なのですが、そういう痛快さよりも、なんで一人を救うために七人の兵士が危険にさらされなければならないのか、という戦場の兵士にふりかかる理不尽さを感じます。ここら辺は戦争中に美談を作り出してプロパガンダを狙うアメリカ政府のわがままに兵士たちが犠牲になるという、戦争の矛盾をうまくついていて秀逸なのですが、それを映画そのものの欺瞞だと思って、単なるアメリカ万歳映画ではないか、という批判が結構あったような気がします。おそらくスピルバーグさんの感動的な演出がハマり過ぎてしまっているので、意図以上に美談仕立ての映画と思われたのでしょう。いや、実際どう受け取るのも自由なのであまり深く言及するものでもないでしょうが。

 戦闘描写の凄まじさだけでなく、この映画はアンフェアギリギリの演出テクニックを駆使していてなかなか面白いです。オマハビーチのシーンが冒頭だと先ほど書きましたが、実はその前にお爺ちゃんが戦没者の墓にやってくるシーンがあって、彼が回想するかのように過去のミラー大尉(トム・ハンクス)の顔にオーバーラップするのですが、ネタバレしますけどこれは引っかけで、実はお爺ちゃんはミラー大尉ではなかったりするトリックとか、そんなのいらないだろと思わないでもないのですが、ちょっとビックリします。お爺ちゃんは実は救出される方のライアン二等兵(マット・デイモン)で、そんな彼はノルマンディ上陸作戦には参加していないので、トムが体験した血のオマハの凄惨な光景は目にしていないわけです。じゃあ一体誰視点の回想なんだよ、というような疑問が真面目に考えると沸き起こりますが、そこら辺は観ているうちは全く気になりませんし、別にはっきりと回想だと言ってるわけでもないので、ギリギリルール違反でない感じです。同様にライアン家に息子の死の報せが届くところや、タイピスト(?)がライアン兄弟がみんな死んだと気付くシーンも、完全にマット・デイモンの知るはずの無い情報なのに、ごく自然に描かれ、観ているうちはその不自然さに全く気付きません。本当にスピルバーグさんは演出の魔術師のような人です。

 後半の大決戦の前に妙にまったりムードでだべったりするシーンが私は大好きで、こういうのを観るとああ戦争映画っていいなあ、と思ってしまいます。こういうのがあるから、ラストの戦いの激しさが引き立ちます。最近の戦争映画はこういう描写が少なくなっているような気がしてちょっと残念です。

 本当に大好きな映画なんですが、アパムのくだりだけはちょっとどうかなと思ってしまいます。弾持ってこいのところではなく、見逃したドイツ兵を自らの手で最後に撃ち殺すところです。いやもちろんあれはスピルバーグさんがやりたくて入れたんでしょうし、テーマ性が非常に浮き彫りにされてると思うのですが、そのやりたいことが分かりやすく描かれすぎているというか、作為が先に見えてしまって、リアリズム主体のこの映画の中で妙に浮いてしまっている気がするんですよね。まあ些細なことですが。

 しかし「七人の侍」へのオマージュが全編に満ちていて、本当にスピルバーグさんは黒澤監督を尊敬しているんだなあ、とあらためて感じました。この映画ももう20年以上前の作品になってしまうのですね。最近の作品と思っていたのですが、時間の経つのは早いものですね……。


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