スキャナー・ダークリー

 リチャード・リンクレイター監督、キアヌ・リーヴス主演の、これは何と言えばいいんでしょう、とりあえず近未来SFと言っておきましょう「スキャナー・ダークリー」について今日は書いてみたいと思います。これは公開時に劇場で観ました。しかし果たして観たと言ってもいいものか……。かなり睡魔に襲われ、まさにドラッグによる幻覚のような映像体験をした記憶はあるのですが、話が全くと言っていいほど分かりませんでした。ただ、一緒に観ていた友人に後で聞くと、やっぱり話は分からなかったというので、そういうものなのかも知れません。

 原作はフィリップ・K・ディックの「暗闇のスキャナー」です。中学生くらいの時にサンリオSF文庫で読んだと思います。冒頭の虫にまとわりつかれる幻覚に悩まされる男から始まるのは覚えていました。えらく原作に忠実なのです。ジャンキーたちの日常がグダグダに描かれながら、キアヌ扮する麻薬捜査官が、囮捜査をやっているんだか、誰を追っているんだか、そもそも自分は誰なのか、わけが分からなくなっていく話です。ディックとしてはよくある話なのですが、どう考えても映画化向きではありません。大抵のディック原作映画のように(例えば「ネクスト」)、派手にアレンジして別物にするという方法をとらず、リンクレイター監督はこのドラッグによる現実喪失感を忠実に再現しようとしました。

 なんだか不思議な映像です。実際に役者に演技をさせて撮影し、それをCGで加工していったそうですが、それによって現実からスムーズに非現実へ移行するのだな、いいアイデアだな、と映画を観る前は思ったのですが、実際に観てみるとあまり効果的には思われませんでした。これだったらテリー・ギリアム監督の「ラスベガスをやっつけろ!」の方がよっぽどドラッグの恐ろしさを描写できている感じがします。

 しかしそれとは別に、私はこのジャンキーたちのグダグダな日常はちょっと好きだったりします。原作でも爆笑ポイントだった、戸締まりに関するミニコントのくだりは、ウィノナ・ライダー登場の瞬間をもうちょっと笑えるように演出してほしかったというのはありますが、充分笑えました。しかし、それを見せたいのだったらこんなお金のかかる映像手法など使う必要はないわけで、全体的にこの試みの意義がイマイチわかりませんでした。

 主人公のキアヌはスクランブル・スーツという、表面に様々な人間の姿が映し出される特殊なスーツを着て、正体が分からぬように活動できる捜査官なのですが、文章で読むと自然に受け入れられたアイデアも、こうして映像化されると、単に変装すればいいだけでは? と思ってしまいます。もちろんアイデンティティの脆さを象徴するガジェットなので無粋なツッコミではあるのですが、何の工夫もなくそのまま映像化してしまっては、やはりそんな見え方になってしまっています。良くも悪くも原作に忠実すぎたということでしょうか。それにしてはキアヌがちょっとミスキャストというか、ドラッグ漬けなのは分かるのですが、イケメンすぎてディックの小説の主人公としてはどうかと思ってしまいます(そんなこと言ったら他の映画もそうですが)。

 前半のポップな感じやグダグダなやり取りは笑えたのですが、お話が進むに連れて眠気をさそう退屈な映画になってしまったと思います。今のところ、これがディックの原作に一番忠実な映画化であるというのも皮肉なものですが。

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