椿三十郎

 本日は「椿三十郎」のお話をしたいと思います。リメイクではなく黒澤明監督のオリジナルの方でございます。もちろんこれは「用心棒」の続編なのですが、「用心棒」がハードボイルドなチャンバラアクションであったのに対し、こちらは頭脳戦を軸にしたコメディ風味の映画になっています。なんだかお家騒動で決起した若い侍たちの一団とひょんなことで知り合った三十郎が、彼らを放っておけなくて、いろいろ立ち回るはめになる、というのが物語の骨子です。前作で謎の男だった三十郎(これも本名かどうか分かりませんが)の素性を伺わせるようなセリフとかがあり、さらにキャラが掘り下げられています。

 敵方にやはり仲代達矢がいるのがお約束で、彼を含め、三十郎が機転を利かせて敵を煙に巻いていく様子が痛快です。特に味方になった振りをして敵の内部に入り込み、敵の本部に向かって出された使いの者を「二人だけでは危ないだろう、同行する」と外に出て、瞬時に斬り捨てて戻り、何食わぬ顔で、「ほら見ろもう斬られてる」などとやるところは、拍手喝采ものです。この後さらにそれがエスカレートし、捕まった若い侍たちを救出するために、詰め所に残った敵を全員斬り捨てるところは、鬼神のような強さです。逃げようとする相手にも容赦しません。かなりの大虐殺シーンにちょっと引く人もいるかも知れません。しかしその後で、若い侍たちをビンタし、無駄な殺生をさせるなと怒りを爆発させるところなどは、三十郎自身の倫理観が垣間見えて興味深いところです。彼自身、人を殺めることを望んでいるわけではないのですが、やらねばならぬときは躊躇いもなく徹底的にやる、ということなのでしょう。多くのハードボイルドヒーローに共通した性格であります。

 もともとこれの原作となった小説は、主人公があまり強い男でなかったそうで、そのためストーリー的には、立ち回りとかでなく、やはり三十郎の機転で事件が解決したりします。ここで黒澤監督はパートカラーの演出をしたかったそうですが(椿の花を赤くしたかったらしい)、技術的に難しかったらしく、そのアイデアは後の「天国と地獄」に持ち越されることになりました。

 そんなわけで楽しくも痛快な大団円を迎え、この映画も終わったかと思いきや、仲代達矢が三十郎の前に立ちはだかるのです。すでに雇い主もお縄にかかり、二人が争う理由は無いのですが、どうあっても納得がいかんので立ち会えというのでした。ここで映画史上に残る決闘シーンが生まれることになります。

 ここはとにかく凄いです。お互い刀が届く必殺の間合いで向き合い、永遠とも思われる睨み合いの後、一瞬で両者の刀が閃き、負けた方の胸から滝のように鮮血がほとばしるのです。時代小説や劇画などでしか見られないような、剣豪同士の決闘を、ワンカットで、しかも言葉による解説なしで、表現してしまっています。二人の役者の技量、仕掛けのタイミング、そしてもちろん黒澤監督の演出と、全てがバッチリ決まって迫真のシーンとなりました。今見ても凄いのですから、当時の観客は劇場で声を上げたのではないでしょうか。実際現場でも、噴き出す血のりの激しさに、本当に三船が仲代を斬ったと勘違いした人までいたそうです。

 その後にまた三十郎は若い侍たちに一声かけ、凄惨な決闘の後にもかかわらず、やはり爽やかな印象を残して映画は終わります。この明るさは、若い侍の一団にまざった加山雄三や田中邦衛らのおかげかも知れません。本当はもっとくせのある役者さんたちにも言及すべきなんでしょうが、本当に際限がなくなってしまいますので、この辺で。

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