用心棒

 私が黒澤明監督の映画と出会ったのはかなり遅く、大学の図書館にあった「用心棒」のビデオが最初でした。その前もテレビで放送しているのを何となく見かけたりしましたが、最初から最後まで通して観ることはありませんでした。物心ついた頃に公開していたのは、確か「影武者」あたりだったと思いますが、それもあまり観たいとは思いませんでした。食わず嫌いだったのでしょうか。なんか「影武者」の予告やテレビで放送されていた撮影風景をパッと観て、退屈そうな映画だな、と思ってしまったのです。

 そんなこんなで黒澤監督の映画を観て来なかった私ですが、世界的な巨匠ということは知っていましたし、フランシス・フォード・コッポラやジョージ・ルーカス等、ハリウッドの映画人からリスペクトされていることもなんとなく知っていました。それでも観なかったのはあまり観る機会がなかったということもあります。当時のレンタルビデオ店にはいいコンディションの黒澤作品は置いてありませんでした。私が大学の図書館で見つけたのは海外のビデオを逆輸入したものでした。何か面白いものないかなーとブラブラしていたら「yojimbo」と書かれたビデオジャケットを発見。これがアメリカ版の「用心棒」で、まあ英語字幕が入っているだけのことですが、面白そうなので観てみたのです。そしたらあなた、これはアクション映画の大傑作だったのです。時代劇という印象は受けませんでした。いや時代劇なんですが、それまでテレビドラマの時代劇のイメージしかなかった私はこんなにも違うものかとカルチャーショックを受けました。

 とにかく無駄がいっさいなく進むストーリーに感心し、またキャラクターも生き生きしていて映画の中にどんどん引き込まれてしまいます。今の邦画よりもむしろアメリカ映画に近いと思いました(この点については今でもそう思っています)。拷問を受けて脱出したあとの傷つきっぷりなど「マッドマックス2」ばりです(これはオーストラリア映画ですが)。すみません……。そういう順番で映画を観てしまった者の悲劇と思って下さい。

 そして何と言っても殺陣が違います。私がそれまで観ていた時代劇の殺陣は、段取り通りに動いて、斬られ役が勝手に倒れているというものでした。もちろんそれも凄いのですが、どうも様式美といったものに近く、迫力に欠けているし、そもそも殺し合いをしているようには見えません。まあ毎週お茶の間に放送するものですからしょうがないのですが、とにかくそれが時代劇なのだというイメージがありました。しかし「用心棒」は違いました。本当に斬りにいっています。しかも速いです。あっという間に5、6人叩っ斬って、もう刀を鞘に納めています。魅せる殺陣でなく恐ろしくリアルに見えます。三船敏郎の動きが速すぎて時々フレームアウトしそうになります。それが図らずもドキュメンタリータッチまでかもし出しているのです。

 これで私はノックアウトされ、その後しばらく黒澤監督の映画を追い続けることになります。「用心棒」のことを書こうと思うと、いつも書きたいことがあまりに多すぎて、うまくまとまらなくなってしまいます。人質の家族を助けるシーンや、腕をくわえて歩いて来るイヌ、酒樽を壊すシーンとかいろんなものを語りたいのですが、言葉にすると凄く陳腐になってしまいそうで、それが怖くてとてもできません。そう考えると、映画評論家の方々って本当に凄いなあと思ってしまいます。



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