激突!

 スティーヴン・スピルバーグ監督のデビュー作と言われる「激突!」のお話を、今日はしてみたいと思います。これは35年くらい前でしょうか、TVの水曜ロードショーあたりで観たのが最初だったと思います。なぜこれがスピルバーグのデビュー作と言われているのかよく分かりません。これ以前にも「刑事コロンボ/構想の死角」や「四次元への招待」の一エピソードを撮っています(どちらも傑作です)。それは映画じゃなくてTVだろと言われそうですが、この「激突!」も信じがたいことですが、元々TVムービーなのです。日本では劇場公開されたからということなのでしょうか。まあどうでもいいことですが。

 さて物語はこれ以上ないくらい単純です。あるセールスマンが家に帰る途中、ハイウェイでタンクローリーを追い越します。それがきっかけでタンクローリーに追いかけ回されるハメになるというものです。なぜこれがこんなに面白いのか。スピルバーグの天才的なアクション演出、サスペンス演出ももちろんなのですが、この話が誰にでも起こりうる(と思わせる)日常的な恐怖だからでしょう。大抵、恐怖映画やサスペンス映画の発端は主人公が特殊な状況に巻き込まれるわけですが、観ていて「そんなことなかなかないだろ」と思ってしまったら、もうそこであまり怖くなくなってしまいます。しかしハイウェイで遅い車がいたら誰だって追い越します。これでつけ狙われたらたまったものじゃありません。気の弱い人はこの映画を観た直後は大きなトラックとか追い越せないんじゃないでしょうか。

 このアイデアが日常的だからこそ、タンクローリーをまるで怪物のように演出をしても、リアリズムを感じてしまうのです。いや、主人公からしたらまさに怪物に見えるわけですから、ある意味リアリズムです。主観的演出をしているわけです。というようなことを、スピルバーグ自身がどれだけ計算してやっていたのかはわかりません。スピルバーグが天才と言われるのは「こんな感じでいいだろう」と素直に撮ったものが、凄く面白くなっていたりするところで、そんなに映画の勉強をしっかりやっているわけではないらしいのです。映画学校の授業に勝手に忍びこんでいたことがあるくらいで、カメラのピントの合わせ方も知らないうちに映画を撮り始めたとかいう噂もあります。ちなみに踊る女性を撮るときにピントが合いにくいので、カメラマンと女優の腰をロープでつなぎ、一定の距離を保たせることで常にピントを合わせることを思いついたそうです。この「激突!」では脚本を書かず、地図を描いたということです。その地図にどこで何が起こるか書き込んで、それを見て撮影したのです。セリフの少ない映画だからというのもありますが、それでこんなに面白くなるのですから敵いません。

 話を映画に戻すと、主人公は次第に追いつめられて行き、精神の均衡も危うくなってくるのですが、最後にはタンクローリーに戦いを挑みます。原題の「DUEL(決闘)」がようやく始まるわけです。最初に単純な話と言いましたが、これだけの発想で、追いつめられる恐怖、そこから反撃するカタルシス、さらには決着が着いた後の虚しさまで描いてしまっています。もう一度言わせていただきますが天才です。この映画でもってスピルバーグは何を撮っても面白くなる監督として世界中に認知されたのではないでしょうか。

 全く関係ない話なのですが、その後「超人ハルク」という海外TVシリーズが放送されたのですが、それを観ていると「激突!」のフッテージがそのまま使われている回がありました。あれはいったい何だったのだろう、と今でも気になっています。

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