ヘレディタリー/継承

 こないだアマゾンビデオでようやく観ました「ヘレディタリー/継承」の感想が何とかまとまったので書いていきたいと思います。これ劇場公開時点でかなり話題になっていたので観に行こうかなと思ったのですが、当時あまり映画に興味がなくなっていた時期でもあって紙一重のところで行くのやめたんですよね。それで映画熱がまた最近盛り上がってきて「ミッドサマー」とかも行きたいなと思っていたので、アリ・アスター監督の前作ということもあるので、今回観たのでした。

 正直、劇場に行けば良かったと後悔しました。凄い映画ですよこれは。ホラー映画として面白い、というレベルじゃないのです。要するにジャンルの枠の中であの手この手で楽しませてくれるというカジュアルホラーではなく(いやもちろんそういうのも好きです)、ジャンルの枠をはみ出すほどの斬新さと作家性があって、その上ちゃんと怖くて嫌な気持ちになり、その中身についてあれこれ考察できるという、ちょっと長編デビュー作としては桁違いに凄い映画でした。

 これ一応一年くらい経ってますのでストーリーも書きたいのですが、旧作とは言え観てない人はいるわけですし、絶対にネタバレなしで観た方がいいので珍しく出来る限り詳細なネタバレはしないよう書いていきたいと思います。それでも思ったことは書くので未見の方は気をつけて下さい。というか気になる方は今すぐ観て下さい、と断言できるほど必見の映画ですので、観てない方はもうこんな文章読むのやめて、観ましょう。公開時観なかった私が言うのも何ですが。

 お父さん、お母さん、長男、妹と、そういう家族構成のうちのお婆ちゃんが亡くなったことからお話は始まります。で、予告の感じからそのお婆ちゃんの幽霊が出てくるホラーかなと私は思っていたのです。まあそれは外れてもいないのですが、それより強烈なことが次々に起こって、私は「それやるのかよ……」「それ見せるのかよ……」と情け容赦ない展開にかなり打ちのめされました。しかもある惨劇が起こったとき、長男がそのことから現実逃避するように何も言わずにベッドに入り、翌朝それを発見した母の悲鳴を聞くというような、もう見たことのない描き方で身につまされるというか、本当に嫌な気持ちになりました。それに続く母のリアクションを見ても、ああ現実にはこのくらいショックだよな、映画ってやっぱり人の死を軽く描きすぎなんだな、とさえ思ってしまいました。

 つまりホラー映画で起こるような強烈な惨劇が起こったとき、本当の人間だったらこのくらい衝撃を受けるだろうということをリアルにやると、家庭内はえらいことになるわ、お母さんはどんどん狂っていくわで、この辺りがただの超常現象ホラーではないなと思えるのです。しかもお話が進んでいくとそういった家庭内不和も、それが起こる前から実は存在していて、その事件をきっかけとして露わになっただけなのです。こういった脚本がすごく巧みだと思いました。お母さんはミニチュア職人みたいな仕事をしているのですが、自分の家も作品として作っているのです。で、昔から抱いていた鬱屈した思いをその自宅のミニチュアに宿らせてしまい、呪術の術具のように、それによって家族全員が呪われてるような状態なのかな、と私は思ってしまいました。

 まあお話は謎解きっぽいことも絡んできて、お母さんがようやく「分かったわ! 分かったわ!」と言っても、もうそれが本当に分かったのか、完全に狂ってしまって妄想で言っているのか分からないのが本当に怖くて、それでいて何だか笑えてきて、ホラー映画を観てこういう感覚を持ったのも久しぶりだと思いました。その謎自体は終わってみてから振り返るとよくあるものではあるのですが、こういった導入からそこへ持っていくかあ、という感心はありました。これについては結局それかみたいなガッカリ感も抱く危険性はあったのですが、私は冒頭からの演出、静かながらも緊迫感を維持した作りでもってかなり好感を持っていたので、割と素直に受け入れることができました。

 ラストはあの離れの建物に息子が入る瞬間に終わるのかなと思ったので、その中も見せることにちょっと驚きながらも、その儀式の様子までやるに至っては、これは彼にとってはむしろ悲劇から救われたような、途中の授業であった選択の余地があれば責任が発生するけど、運命ならば駒でしかないので気は楽、みたいな話にここでなぞらえているのだなあ、と思いました。ただここでよかったよかったという感覚にまではなりませんでした。ちょっと昔よくあったアングラ映画に近いものを感じましたね。

 そんなわけでお話もよく練ってあり、恐怖演出も確かで、役者さんの芝居も素晴らしく、今までにない切り口の完成度の高いホラーに度肝を抜かれました。ということなんですけど、ラストの解釈も含めて、私はキリスト教徒でもなければ、そこまで詳しい知識もないので、おそらく本当に心の深いところまでには刺さっていないのだろう、と思います。欧州のキリスト教圏の方、こういった家族のあり方を実体験として持っている国の方に比べたら、たぶん頭で分かっているだけで、魂が震えるほどの衝撃は受けていないのだろうなあと、そのことを少し悔しく思うことで、最後の言葉に代えさせていただきます。

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