悪魔のいけにえ

 いきなりですが、「悪魔のいけにえ」のお話をしたいと思います。1974年制作(日本公開は1975年)のトビー・フーパー監督によるホラー映画の名作です。これを見たのは高校生くらいのときで、レンタルビデオでです。世はホラーブーム、SFX映画ブームでした。実はもっと昔からこの映画の存在は知っていました。ケイブンシャかどこかから出ていたホラー映画百科みたいな本に紹介されていたからです。小学生くらいのときに、友達が持っていたのを借りて読みました。白黒のページに載ったレザーフェイスの恐ろしさに震え上がったものでした。これと「悪魔の墓場」だけは見まい、と子供心に誓ったのですが……。

 成長して、もう怖くはないだろう、と自信を持ってビデオで観たのですが、やっぱり怖かったです。そして非常に嫌な気持ちになりました。この映画の一番のポイントはアメリカの片田舎に行ったら本当にこんな人たちがいそうな気にさせてくるところです。リアリズムという言葉も生易しいほどに心に迫ってきます。絶対アメリカには行きたくないと思いました。まあ思いっきり偏見なんですけど、ホラー映画というものはそういう人間の心の中にある負の部分を浮き彫りにするものだというのがよくわかります。

 お話は田舎をドライブしていたら一人のヒッチハイカーを拾い、なんだかんだで殺人一家に関わって、恐怖の一夜を過すというものですが、はっきり言ってストーリーらしいものがあるわけではありません。とにかく人が殺されていく様をショッキングに描くのと、チェーンソーを持って迫るレザーフェイスの恐ろしさに主眼を置いた映画です。ただし今観ると血がほとんど出ていないことに気付きます。低予算だったからなのかどうか分かりませんが、それが逆にリアルさを増しています。というのもあまりカットが変わらないからです。特殊メイクとかを使って血や肉片の飛ぶさまを見せるとすると、どうしてもカットを割ってそこをアップにしたりして、その瞬間、あっ映画だ、作り物だという感じがして安心しますが、だからこそそういうものをインサートしないこの映画からはかえってドキュメンタリーっぽさが感じられるというわけです。

 私は後半の主人公の女性が捕まってからのグダグダなところも結構大好きで、まさに悪夢の世界を映像化したような、怖いけれど笑ってしまう、という希有な体験が出来ました。殺人鬼たちがバカという、それだけのアイデアなんですけど、笑っていると何だか本当に身の毛がよだつ感じがしてくるのです。これ劇場で観た人は気が狂いそうになったんじゃないでしょうか。

 なぜこの映画がこんなに怖いのかといろいろ考えたことがあります。シチュエーションや、70年代のフィルムの質感や、役者さんたちが無名であることなどいろいろ要素はあるのですが、やっぱりそれらをまとめるトビー・フーパー監督の演出が凄過ぎるからだと思います。レザーフェイスが本当に恐ろしいのです。これ以前も以降も、大抵のホラー映画のモンスターというと、主人公を追いつめて、行き止まりとかにくると、わざとゆっくり歩いてくるような、映画のお約束の枠内で収まるような部分がどこかにあるのですが、このレザーフェイスだけはそんなお約束は微塵も感じさせません。本気で追いつこうと思って追いかけてきています。もし主人公が転んだら、平気で追いつき、平気で捕まえます。この手加減の無さはある意味画期的です。だからあまり血の出ない映画なのですが、深夜の森の中の追いかけっこという、単調になりがちなシーンももの凄い緊迫感です。

 そして追われる女性の演技も凄いです。ここまで執拗なホラー映画はこれ以前にそうそう無かったと思うのですが、主旨を正確につかんで見事な怯え演技を見せます。この人がシリアスに怯えているからこそ、後半の家族コントまがいのところも、笑えつつ怖い、という映画史に残る名シーンになったのだと思います。

 それだけ容赦のないホラー映画なんですけど、ラストのカタルシスはなんだか最高ですし、嫌な気持ちになる映画でありながら、これほどの精神的高揚を味わえる作品はそうそうありません。でもこれ以降のトビー・フーパーさんの作品は、今一つ私の中ではそんなに最高という感じではないので、これはいろいろ偶然も重なったりして凄い作品になったのでしょうか。例えそうだとしても関係なく、私はこの映画を推すものであります。




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