容疑者Xの献身

 本日は、確か甥っ子がファンだったので、テレビで放送したときに一緒に観た「容疑者Xの献身」について書きたいと思います。あまり期待せずに観たのですが、これが意外に面白いと思いました。「ガリレオ」というドラマシリーズの映画版で、私はそれも観ていませんし、当然原作も読んでいないのですが、そんな人間が観た感想として受け取ってもらえれば幸いです。

 まず最初の方はそれほど興味を惹かれなかったのです。なんか洋上の事件があって、福山雅治演ずる湯川さんが登場して実験してというオープニングで、ちょっと大丈夫だろうかこの映画と思わなくもありませんでした。しかし本題に入ってからは普通に楽しめました。松雪泰子さん演ずる花岡靖子が別れた亭主につきまとわれて、ひょんなことから殺してしまうのです。娘もちょっと共犯っぽい感じで手伝ってしまったものですから大変です。その音を聞きつけて察知した隣の住人、これが堤真一さん演ずる石神という天才数学者で、今はしがない教師をやってるんですが、以前から靖子に秘めた恋慕の情を抱いていたので、持ち前の頭脳を駆使して、彼女たちを救おうとするのです。

 まあストーリーはそんな感じで、ここまで観ていた私は、ああ天才対天才の推理対決というか、論理的なミステリになっていくんだろうなあ、と予想しました。しかし実はミステリとしてはそんなにひねったものではありません。超絶トリックがあったりとかそういうのではなくもっと地味で、むしろこの映画は人間ドラマとして出色なものがあります。

 松雪さんがもう薄幸そうな美人と言うか、生きる要領が悪くて、ろくでもない男を惹き付けて、自らが幸せになれない、そして相手も不幸にしてしまうという業の深い女を、凄く自然体で演じていて素晴らしいのです。悪女とかではないのです。彼女には全くそういう自覚はないのですが、何かそういう巡り合わせの人っているじゃないですか。まずこのキャラクターがリアルで面白いと思いました。そして特筆すべきは堤真一さんです。一言で言ってしまえば惚れてるから彼女に協力しようと思ったということなんですが、惚れてるなどという言葉では足りぬ、なんとも鬱屈した情念と言うか、まあどういういきさつがあって彼女に惹かれるようになったかは映画の中で語られるのですが、それが無くとも演技だけで全てを表現し切っている渾身のお芝居を見せてくれます。本来ならこの人物はもっと容姿が冴えない人が演ずるべきなんでしょうが、不思議と堤さんの演技によって風采の上がらない感じが際立ってくるので素晴らしいです。これはこれでありなんじゃないでしょうか。

 トリックとか詳しい内容は書きませんが、結末は思いっきりネタバレしますので、ここから先はちょっと気をつけてくださいね。

 で、その石神が警察にセリフで、「幾何の問題のように思わせておいて関数の問題だったりする」みたいなことを言ったりします。物事は見方を変えると全く違ったものが見えてくる、みたいな話の例えです。で、これが全編を通じてキーワードとなってきたりするのです。ここまで湯川がちょっと影が薄いのですが、まあ彼も意地で真相に気付いてクライマックスで石神と対決します。石神は靖子をかばうために自分が犯人だと出頭したのですが、湯川はその嘘を看破していきます。湯川の推理に証拠が無い、とはねつける石神ですが、湯川は靖子にも真相を話していました。

 最後に連行される石神の元に靖子が現れ、私もいっしょに罪を償いますとぶちまけ、石神の計画は全てが台無しになってしまうのでした。このラストが凄く切なくて悲しくてやりきれません。泣きながら自分のために駆けつけた靖子の姿は、このような事態でなければ石神がいつも望んでは手に入れられなかったもののはずです。それがかなったのは、自らが完璧に計画したシナリオのその成功間際になって、それをぶちこわす瞬間だったのです。ここでの堤さんの慟哭の演技は凄まじいものがあります。石神と湯川の対決かと思いきや、意外な人物の心変わりによって決着が着いてしまうのです。論理的な対決かと思いきや人間の感情によって解決するのです。ロジカルなミステリかと思いきや人間ドラマだったのです。この構造そのものが「幾何の問題のように思わせておいて関数の問題」というあのセリフにかかってきて非常にうまいなと思いました。はっきり言ってこの後のシーンは蛇足もいいところで、ここで終わるべき映画だったと思いますが、シリーズものの映画化としてそれはまあ、無理だったのでしょうね。

 このように全く興味のなかった映画を観て、意外に面白かったので、やっぱりもうちょっといろいろな映画を、特に邦画をいっぱい観た方がいいのかもしれないなあ、と私に思わせた作品でした。


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