冬の日差し

「じゃあその日は途中まで一緒に行けるねぇー」

ある平日の朝のこと。
その日のスケジュールは珍しく互いに電車で向かう先で、ヴォルとすろうは同じ時間の電車に乗り、それぞれの目的地へ出るという流れになった。

季節はまだ秋。
とはいえもう大学では3期目の授業中も終盤に差し掛かるところだ。
すろうは普段から大学までは電車で行くが、ヴォルは大半の予定を車でこなすのでこういったことは珍しい。

一緒に住み始めて3ヶ月ほど経っただろうか。
いよいよ冬が香り始める季節に、すれ違う人々はみな厚手のコートを羽織り、心なしか足早だ。

季節は次々と過ぎてゆく。
共に生きるのに夢中になれる相手となら尚更のことである。

電車はヴォルが先に降りる予定だったが、すろうの授業の開始に差し掛かった。
(ああ、もう2限の時間か。)
…手のひらに乗るような小さな端末から教授の声が聞こえ、映像が流れ始めるのだろう。
(これがオンライン授業かぁ〜)
ワイヤレスイヤホンを手早く用意するすろうを見ながら思った。
現代音痴のヴォルには全くついていけそうもないが、現代の授業形態というのは場所によっては画期的である。
ばっちり適応しているすろうを見ては、時々感心するのだ。
「次はー…」
電車内から聞こえる少し無機質な車掌のアナウンスが響く。
あと数分で目的地だ。
ふいにすろうがワイヤレスイヤホンの片方を差し出した。
「はいこれ。」
…とでも言いたそうなアイコンタクトでヴォルにそれを渡したかと思うと、てきぱきと出席の手続きを始める。

え、もうすぐ僕は降りるんだけど……
耳に当てたイヤホンから淡々とした男性の声がした。
授業が始まったようだった。
覗き込んだりなどしないが、遠目からでもパワーポイントで作ったような資料が数枚展開され、前回までどんな講義を行なって何について話していたかのおさらいが入る。

ヴォルは考えることが好きだった。
特出する学にも才能にも一切恵まれなかったが、とにかく『知る』ことや『考える』ことが好きだった。
自分が学生だった頃も片っ端から授業をとり、やっとではあるが教授の意図を的確に汲んで色々なことに齧り付いてきた。
他校の同級生に毎週のように声を掛けては「今週は授業でどんなことを教わったのか、どのような生徒がどのように聞いていたのか」と話をせがむこともあった。

今日の予定を外すことは出来ない。
すろうなりに気を利かせてくれたのだろうが、それはあまりにも生殺しだった。
電車から降りずに、そのまますろうの目的の駅までついていきたい。
あと1時間と少し、こうして過ごしていたい。
駄々をこねる子どものような感情を表に出さないようにしつつ、減速していく車両に催促されたように恨めしそうに片耳のイヤホンをすろうに返した。

ヴォルは時々「すろうと同級生だったらよかったのに」と零すことがある。
そんなヴォルを見てすろうは「そういうとこ、誰よりも真面目だよね()」
と笑った。

切磋琢磨したくなる仲間がいるというのはヴォルにとってもすろうにとっても刺激的で、しかしいつまでも続くわけではないのだ。
__あとたった2年で卒業。

あと2年で、すろうはどれほどのものを獲得出来るだろうか。
外の景色が止まった。
「…行ってくるわ。」
後ろ髪を引かれる思いでヴォルは立ち上がり、襟を直しながら言った。
「今日もがんばってね!」すろうは無邪気に手を振りながら笑った。
チラと目線を流しながらヴォルも片手を上げて電車を降りた。

はぁー。
追いつきたい背中。
共に歩みたい存在。

「あいつもっと説明上手ければなー。」
土産話はあまり期待しないほうがいいだろう。
すろうから客観的に要点を押さえた話を聞くのは到底無理そうだ。
前菜だけ与えられてメインディッシュのおあずけを食らったような気分になってしまう。
飢えた狼にとってそれはあまりにも酷だった。

…駅から出ると同時に冷たい風と、暖かい日差しに包まれる。

いいな…。

シンプルにそう思い、そしてその姿に焦がれたのだった。

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