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40年前はマンガ家だった話、小説家だった話

4コママンガを描いてみたいと思った。

ジョージさんのような個性的で笑いのある内容。

さて一念発起しようとしたが、まず絵心がない。

どうやって描いていいのかなんてさっぱり分からない。

けれども思い出した。
小学校の時にマンガも小説も書いていたことを。

あの時は落書き程度のイラストに無茶苦茶なストーリー。自分しか理解できないであろう作品の数々。

それでは今振り返って小学校当時の作品の紹介をしてみよう。

まず鉛筆で完結。コマ割りはおもいつくまま。

最初にコマを割らずに絵を描いてからコマで囲む。起承転結まるでなし。

その当時から結論を決めずに江戸川乱歩のように筆の進むままに書いていたのだ。

出てきた主役のキャラクターはタマゴン、お魚くん、おかっぱくん。

タマゴン
たまごに目と鼻と口を描いた主人公のタマゴンが、誰かと話をしたりどこかに行ったりする大冒険。

お魚くん
卵から産まれてお母さんがどこにいるのか分からないので探しに行く長編マンガ。おそらく「母を訪ねて三千里」のアニメに影響を受けているはず。どんな作家も誰かのアイディアと自分のインスピレーションを合体させて新しいものを創り上げるには間違いないだろう。

あれから40年以上経った。

今、自分が語っていることは「絵心がない、絵が描けない、ストーリーを作れない」?

数々の人生経験をしてきた後なのに、どうしてマンガひとつ書けなくなったんだ?どうして小説ひとつ書けなくなったんだ?逆じゃないのか?


先ほど、4コママンガの書き方を再確認しようとYouTube動画を検索したら、あるわあるわ。マンガの書き方、4コママンガの書き方、ストーリーの作り方。

でも僕はそんなものを教わらなくても40年前に自由に描いていたじゃないか。自由に書いていたじゃないか。文章も絵もストーリーも

それは決して誰に評価されるものではないかもしれない。

でも自分が自分で評価して好きで夢中で創作していた作品だった。

あれから40年。

手放したもの。
それはやりたいことを即実行する能力。

手にしたもの。
それは出来ない理由を探す能力。

忘れてしまったこと。
それは自分は本当は何でも出来る子供だったんだってこと。

思い出そう。自由だった心。こだわらなかった心、自分が自分に制限を課さなかった純真な心。

今ここに書いているこの文章は当時を少しでも思い起こして、ともかくうまく書こうなんて考えずに、ただただ出てきた思考をそのままここに文章にしたもの。改行すらせず文字を画面に出力しつづけている。

だから読みにくいかもしれない。でも今まだ読み返していない。推敲はあえてしないでおこう。

テキストエディタ秀丸で書いている。それをnoteの投稿画面にコピペして、改行と強調文字だけはつけることにする。

記事タイトルはコレを書いた一番最後にとってつけたもの。

制限を外せ。
外していけ、外していけ。
あぁ子供のときが大人だったと気付いた新発見。

結論まとめ

子供時代で今を生きろ、昔の気持ちで今を生きろ、俺!

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