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子どもの学習のつまずきは「ワーキングメモリ」に注目 【知能検査WISCとワーキングメモリアセスメントHUCRoWの違い】

私たちが開催する講演会や、塾・スクール向けの研修会で、よく質問されることがあります。

「WISCは思っていたことと結果が違うのですが、どうしてなんでしょうか?」
「WISCを受けてみましたが、その後どんな対策をすればいいかわからないんです……」

WISCとは、5歳0ヶ月〜16歳11ヶ月の子どもを対象とした知能検査です。この検査を受けて結果を見ても、「なんだかぴんとこない」という親御さんが少なくないようです。切羽詰まったような表情で、相談しに来てくださいます。

学習の困りごとがあり、WISCを受けても対策がわからない方や、今後受けたいと思っている方。そんな方には、私たちワーキングメモリ教育推進協会が提供する、HUCRoWという検査がお役に立てるかもしれません。

では、WISCとHUCRoWは、どう違うのでしょうか?

学習の困りごとには、ワーキングメモリに着目

子どもの得意・不得意といった発達のバランスを知るための検査の1つに、WISC(ウィスク)という知能検査があります。子どもの知能を測定するための検査で、客観的な数値で子どもの状態がわかります。

WISCは、病院や支援センターなどで、個別対面検査として受けられます。希望すれば誰でも受けられるわけではなく、学校や病院などで必要と判断された場合、公認心理師などの資格を持った人が子どもに実施します。

一般に、学校生活で学習や対人関係などで問題や遅れを抱え、特別な支援の必要性を判断するとき、担任の先生などが、保護者に児童相談所や病院などを紹介して、検査の実施につながるケースが多いようです。

もっとも普及して使用されているのが、WISC-Ⅳ(ウィスク・フォー)というバージョン。WISC-Ⅳの内容は、「言語理解」「知覚推理」「ワーキングメモリ」「処理速度」の4つの指標からなります。

検査方法は、子どもが担当の方と2人きりの個室で行うため、初めての場所や人が苦手な子どもは、力を発揮しにくいことがあります。保護者の方が「結果が思っていたのと違う」と思われるのは、この部分が大きいのではないかと思います。

一方で、HUCRoWは、小学校以上で、かな文字の読めるお子さんであれば、誰でも受けられます。パソコンまたはタブレットとイヤフォンがあれば、自宅、学校、病院、その他施設など、どこでもできます。対人関係が苦手な子どもでも力を発揮しやすいのが特徴です。また、長時間集中するのが苦手でも、日を改めて少しずつ進められる利点もあります。

WISCの4つの検査項目のうちの1つに「ワーキングメモリ指標」があります。WISC‐Ⅳにおける“ワーキングメモリ指標”は、ワーキングメモリの構成要素である言語領域の記憶・処理を測るものです。他方、HUCRoWは、言語領域および視空間領域の記憶・処理を測ることができます。

私たちは、学習のお困りごとにはワーキングメモリの使い方が非常に重要だと考えており、HUCRoWではその部分をより細かく知ることができます。

WISCの場合、検査後のフォローはさまざまなようです。病院などでその後の支援を受けられることがある一方で、説明が不足していたり、その後のフォローがないケースもあります。必要に応じて判断されるため、重大な困りごとがない場合には、特に対応がなされないこともあるようです。

一方、HUCRoWでは「ワーキングメモリのタイプ」を可視化するとともに、希望する方には有料で学習のアドバイスなどを含めたレポートをお送りしています。

さらに詳しく知りたい、相談したい方はその後の個人相談もいつでも受けつけています。

学校や生活でトラブルがあるなら、WISCとHUCRoWの両方を受けたほうがいいかもしれません。日常的なことは問題ないものの学習に困りごとがある方は、HUCRoWを選ばれているようです。

小学校に上がる前の子ども向けにも、年長児を対象とした簡易版HUCRoWを用意しています。得意・不得意がわかることで、学習の計画を立てやすくなります。

8個のゲームでワーキングメモリの特性を紐解くHUCRoW

日本語の独自のワーキングメモリアセスメント「HUCRoW」を開発したのは、広島大学教授の湯澤正通先生です。長い間ワーキングメモリの研究をされており、HUCRoWにはその想いが込められているのです。

もともと、学習に遅れが出ているお子さんには、「言葉が覚えにくい」「数が覚えられない」など、何かしらの理由があります。もし、音で覚えるのが苦手なら、文字で代替できることもあります。

湯澤先生は、ワーキングメモリと発達障害との関連性についての分析を行うなかで、発達障害や学習遅滞の特徴とワーキングメモリのパターンに一定の関連性があると気づきます。

その関連性に基づいた発達障害や学習遅滞の特徴とワーキングメモリのパターンから、学習遅滞などの原因とその対策の方向性が見えてきました。その知見を活かして、発達障害や学習遅滞で困り感を持つ児童生徒に少しでも役に立てることができるのではないか、と考えたのです。

ワーキングメモリのタイプを知るためのアセスメントが、HUCRoWです。私は、湯澤先生の研究内容に基づいて、HUCRoWのアセスメントを提供し、報告書を作成しています。

HUCRoWの測定項目は、言語領域と視空間領域に分かれ、さらに短期記憶とワーキングメモリに細分化された4項目。それぞれ2つの課題(ゲーム)、合計8つの課題で測定します。です。

WISC‐Ⅳにおける「ワーキングメモリ指標」は、ワーキングメモリの構成要素である言語領域の記憶・処理を測定していますが、実際、ワーキングメモリは左右で処理する情報が異なり、言語領域だけでなく、絵、形、イメージ情報の認識も行っています。実際、ワーキングメモリは形の認識などもしています。

たとえば、文字を書くには形を認識しなくてはなりません。点のある場所、線を引く場所などを思い描く形に近づけていくのは、言語領域ではなく視空間領域を使います。

それぞれで細分化されている「短期記憶」は、そのまま覚える力です。例えば「1」「8」「5」と聞こえたら、聞こえた順番に答えます。一方で、「ワーキングメモリ」は、記憶した内容を使って作業していく働きで、たとえば「逆に答えましょう」という指示があれば「5」「8」「1」と答える力となります。

以前、検査の結果、言語領域が年齢平均以上で、視空間領域が低いお子さんがいました。国語や算数の説明はわかるものの、図形の特徴などをイメージすることが特に苦手。「見て覚えなさい」ではなく、「球はたこ焼きみたいで、円はお好み焼きみたいなイメージね」などと、お子さんが知っているものに言葉で置き換えて表現することで、円と球を区別し覚えることができるようになったのです。

また、漢字の読み書きや文章読解が苦手で、視空間領域が強く、言語領域の数値が低い子どもの場合、言葉を用いて学習するよりも、イメージを用いて学習する方が効果的です。同じ概念でも、言葉で説明するのではなく、漢字も文章の理解もイラストなどを描いたり、用いることで想像しやすくなるからです。実際に、以前よりもお子さんの理解が進むようになりました。それぞれのお子さんの課題がある部分がわかると、より対策がしやすくなります。

ワーキングメモリはときどきオーバーフローを起こす

前回(「この子、どうして解けないの?」 ワーキングメモリの研究で理由がわかった) に少し紹介しましたが、ワーキングメモリは短期的に記憶をしたり、処理をする役割を担います。

メモ帳や黒板、作業机のように、今まさに使っている場所です。注意がそれたり、情報が増えたりして、脳の黒板がいっぱいになってしまうと、オーバーフローを起こしてしまい、必要な情報が頭に入らなくなってしまいます。

オーバーフローを起こすと、周囲からは「ボーっとしている」「怠けている」「すぐに飽きる」「人の話を聞いていない」ように見えるので、教育者や保護者の方が怒ってしまうことも。ところが、畳みかけるように注意するのは、なんの効果もないのです。

HUCRoWで「音声情報の苦手」がわかり、親御さんの言葉を聞きながら「もう無理。これ以上は入らないよ」と言うようになった子どももいます。そうすると、お互いに理解ができるので、イライラしなくて済むのです。

WISCを受けて十分ではなかったり、受けたくても受けられなかったりする方は、HUCRoWが役立つかもしれません。HUCRoWはワーキングメモリのタイプを細かく見ていくので、子どもの「学びの個性」を知るのにとても有効です。

苦手な部分があったら、代替案で解決していければ、子どもも保護者の方もストレスなく学習に取り組めることでしょう。

次回からは、HUCRoWを受けてワーキングメモリのタイプが分かったことで苦手や強みを知り、関わりやサポートの方法を変えて学習を進められるようになった子どもの事例をいくつか紹介していきます。理由がわかれば、対策ができる。そのことを、実感していただけるとうれしいです。


編集協力/コルクラボギルド(文・栃尾江美、編集・平山ゆりの、イラスト・北村侑子


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