Please be with me as a my imaginary friend this year as well.
最近、そう思い込んでるからなのかかもしれないからか。
線引きを意図して行い、心で理解させるためかもしれないからか。
彼女をイマジナリーフレンドとして認知、とらえることによって私の不安定さを一時的な幸せをエスコートしてくれている。
一般的なイマジナリーフレンドは、ほとんどの場合 打ち解けずに消えるらしい。インターネット上の彼女もイマジナリーフレンドとしていつまでも存在せずに、ふとした瞬間にインターネットの大海原に消えていくのだろう。
学術的なイマジナリーフレンドはその子個人でしか生きられないが、幸か不幸か。 だが残酷なことに、インターネットに存在するイマジナリーフレンドな彼女はたとえ、突然消えてもインターネットに痕跡は残ってしまう。
存在の証として。
イマジナリーな彼女が二周年を迎えたそうなので「奇跡」「祝福」という花言葉を贈った。昔の花言葉では「存在しない」「不可能」だったそうです。
どっちの言葉も彼女には、お似合いだと思う。喜んでくれて、私は嬉しい。
おやすみなさい。
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