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オシャおじ😎

予定より1時間かかったアポのおかげで、まだまだ明るい18時過ぎに、梅田にいた。

疲れたしちょっと飲んで帰ろうか、それとも家でゆっくり過ごそうかと歩いていると、古い記憶がたちまちやってきた。

開店直後だからか誰もいない、普段はすし詰めでガヤガヤ賑やかな、懐かしい立ち飲みに入った。

ここに連れてきてくれたのは、輸入食材を扱うクライアントの部長さん。もう15年以上も前の話だ。

めっちゃおじさんだけど輸入食材を扱うからか、ワイン好きのオシャおじだった。

印象に残っているのは、ちょうどボジョレーヌーボ解禁直後の金曜日。最初の取引を契約いただいた後、お客さんオフィス近くの居酒屋さんでご馳走になっている時のことだった。

少し離れた席の女性3人組が、ボジョレーのことを話していた。

赤ワイン、苦手だからボジョレーは興味ないのよね。

わかる。私も苦手。

そういえば何で白ないんやろね。

そんな会話だったと思う。

するとオシャおじ。

ちょっと外すわ。

と外へ出て行ってしまう。忘れ物かな、と気にも止めずひとりグビグビとビールを飲んでいると、帰ってきた。そして、

これ、たぶん好きやと思うから、よかったら飲んでみて。

と、白ワインのボトルを3人に渡す。

ええやん?な?

とお店の人にも声を掛けて、もちろん、と店員さんも快くオッケー。

(後からわかったけど、このお店はワインを卸しているお店で懇意なんだそうだ)

えええ??

驚いたのは3人組。

いいんですか?なぜくださるのですか?と、怪訝ながらも嬉しそう。

オシャおじは、自分の素性(というか仕事)を明かし、ボジョレーヌーボの白はないけどヌーボーの白はあるんだよとかなんとか、盛り上がっている。

そうか、会社のワインを持ってきたのか、すごいな。と、席に戻ってきたオシャおじに聞くと、

会社のちゃうよ。
自分用に買ってたやつロッカーに入れてたから。
そう、珍しいから買っといてん。
いいねん、俺は飲んだことあるから。

とサラッと言う。近くとは言えまあまあ離れている会社から戻ってくるにはだいぶ早かったのだが、どうやらダッシュで行ってダッシュで帰ってきたらしい。

女性3人組は来店すぐでまだまだ帰りそうにはなかったから、走った理由は店に置いてけぼりにした私を気遣ってのことだろう(これは後から気づいた)。

そんなオシャおじが、

とびきりええ店

と3件目に連れてきてくれたのが、この立ち飲みだった。

キャッシュオンデリバリーで、
椅子は一個もなくて
カウンターにびっりしおじさんが詰まってて、
おじさんしかいない!て店。

うわー、何がとびきりいい店やねん。

でも、白い模造紙(だったかホワイトボードだったか)に手書きでびっしりとワインの銘柄が書いてあった。
どれも安くて、小さなグラスで、注文すると目の前のトレイに放り込んだ100円玉が、300円400円と引かれていく。

そしておじは、

とびきり美味い料理があるねん。

ウソつけ、と思いながら、では私もと頼んだのが、エッグ。

熱いですから気をつけてください。

と出されたのは、小さな陶器に入ったたまご。まだ黄身はほとんど生で、白身はグツグツと震えている。

混ぜる前です。


熱熱のうちに混ぜるんや

とオシャおじは、くるくると割り箸で卵を混ぜる。

私も真似してくるくる混ぜた。

まだ熱い陶器に触れ、黄身はいい感じに固まり出す。陶器にこびりついた、白身の焦げたのと、固まりと半熟とトロンと生の残った感じが、熱でどんどん変化していって、ずっと食べたいぐらい美味しかった。

おいしーーー!と声に出すと、周りのおじ達がニヤリ、と笑った気がした。

せやろ!!

とオシャおじ。

めちゃくちゃ楽しかった。

オシャおじにはそれからも、時々発動するクリエイター的こだわりに悩まされつつお仕事を頂いていたのだが、数年後、ご病気で急逝された。めちゃくちゃ体力ある方だったのでだいぶショックだった。

このお店に来たのは、その時と、あと一回、やっぱりアポイントが長引き、18時に梅田にいた、クリスマス前の2回だけだ。馴染みでもなんでもないし、私自身の思い出はカケラほどもない。

けれど、まだ人の少ないカウンターでエッグをくるくる混ぜていると、食べ方を教わって、たまごの変化と美味しさに驚いて、周りのおじさんたちに迎え入れてもらった時のことを思い出した。
そして、懐かしい店だな、と思った。

30分ほどすると東京からの出張おじさん6人組が入ってきて、店はあっという間に賑やかになった。

たこ焼きや板わさを頼んでいる。
あぁ、エッグをオススメしたい。
オススメしたい。

でも、まあいいや。

きっとそのうち、オシャおじのような、もっとお馴染みが言うだろう。

とびきり美味い料理があるんや!
今のうちに混ぜるんや!
せやろ!

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