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そもそも「魔」とはなんなのか

どうも!
魔法使いKです。

魔法使いと名乗り始めて2年が経とうとしています。
2022年の9月頃から本格的に魔法使いと名乗り始めたのですがずっと疑問思っていた事があります。
それは

魔ってそもそも何?

ってこと。
人によっては魔とは悪魔の魔なので気をつけろと言う人もいます。
私は魔という漢字よりも魔の音の「マ」に興味がありました。
漢字の魔の中には鬼という字が含まれています。
鬼というのはそもそも日本では桃太郎の中に出て来る悪役と言われたり、心の中にある邪な気持ちだという人もいます。地獄には閻魔がいて閻魔の言うことを聞く鬼がいる、とも言われます。
でも、閻魔もそもそもは人だったという説もあります。人類で初めて死んだ人で人を裁く役を担った際に自分自身を律するために溶岩を飲むそうです。この話しを知ったとき閻魔のイメージが180度変わりました。
より一層、魔に対して興味も持ちました。
魔の漢字の成り立ちを調べていくと古代中国では、という話しが出てきます。そう、漢字はそもそも中国からやってきました。
漢字が入ってきたときに少なくとも

魔として扱われる存在
魔以外として扱われる存在

は分類されてそうですよね。だって魔はこういう使い方だよ、というならば定義が生まれるから。では、その魔という漢字が入ってくる前はなにで調べればよいのでしょうか。
平仮名もそもそも漢字の成り立ちから来ています。
「ま」は「末」という漢字から「ま」という平仮名になったそうです。

また漢字かよ!!!!

本音が出てしまいました。笑
調べていたのですが奈良時代以前に使われていた漢字はそもそも東南アジアの公用文字として使われいたそうです。今では和習(倭習)と呼ばれるそうです。
では、その漢字が使われる前は何かと言われると神代文字だそうです。
神代文字が私たちの祖先が使ってきていた言葉だとするとどういった意味が隠されているんでしょうか。
神代文字を調べて頂くと分かるのですが種類がたくさんあります。
その中でも阿比留文字というのが面白いなと思いました。
阿比留文字の「ま」を見ると鳥居のような形をしています。
言霊で「ま」を調べると

探究心を持った人。人の内面に興味を持ち、外見に惑わされることがない人。

とのことでした。ここに来てやっと納得がいったんです。阿比留文字で表現される「ま」が鳥居に似ているのも納得できるなーと。
私たちは神社参拝の際に鳥居をくぐってお参りに行きますよね。
神社に行くと鏡が祀ってありますがあれは自分の内側を見るため、自分自身が神様だと気付くためだとも言われます。
ってなったら「ま」の意味が人の内面に興味を持ち外見に惑わされることがないってのにも納得な訳です。
魔法はマジックと英語で呼ばれますよね。
同じ音ですよね。ネイティブな人からすれば違うのかもしれないけど。

ま=Ma

うーん。英語になった際にも同じ言霊として捉えられるのか。
まだまだ追求は尽きませんね。
さ、話しを戻しまして「ま」の意味の人の内面に興味を持ちという部分です。

皆さんは自分の醜さに気付いたことはありますか?
自分の欲深さに恐れおののいたことはありますか?
私がたどり着いた答えは

自分本来の欲の深さ=魔

ということです。
自制しなければ怒り狂ったり、快楽に溺れたり、欲望のまま何かをむさぼり続けてしまう。
それほどまでに自分の中に秘める欲望はあまりにも残酷で時に甘美なものなんだと思います。
そして私が探究している

自分が扱える魔法

これに関しては自分の欲望を最大限に解放してくれるものなんだと実感しました。良くも悪くもだなーなんて思いつつ。
私は何もない空間で音が聞こえる事があります。
その音の振動がいろんな人に影響があるなと感じています。
私が扱える「魔」であり、扱い方を間違えれば「魔」に呑まれるんだろうなと思う部分です。
あなたがこのブログを読んでいるということは少なからず魔術に興味があり、自分の扱えるものはなんなんだろうかと探していることでしょう。
そもそも魔法とは

魔=追求する心
法=物事を正しい方へ導く道具

なのです。
あなたが自身の魔法を探すためにはまず

道具に出会う、または既に持っている力の中から自分の欲を最大限に解放する

これらの事に関心を寄せるという事が必要になってくるでしょう。
あなたが自分自身の魔法に気付きあなた自身を助け、自分本来の自分に出会えることを祈っています。

Wizard K


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