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日付短編小説 2024/06/12  恋人の日 児童労働反対 第四話

 隠れ家まで地図の足跡を辿ってから三十分。ようやく目的地まで到着した。

「ここか……」

 その家は隠れ家というよりも普通の家という雰囲気であった。
 しかし、私が逃げた先に尋ねると隠れ家のドアが開き一人の女性が現れた。
 その女性は田辺翔平という男よりも若く見えた。

「あら、貴方は……」
「かっ…花蓮密と申します。翔平様の指示でこちらに向かいました」

 私は礼儀正しい挨拶をして頭を下げる。

「ああ、貴方が‼話は聞いているわ。早く入りなさいな」
「はい、お邪魔します」

 その女性は私の名を聞くと快く受け入れて、自宅へと案内する。

「それで、翔君くんはどうしているの?」
「はい、恐らく中年の男性と抗争しています」
「そうなの。まったく、ほんと相変わらずねぇ......花蓮さん、紅茶は好きかしら?」
「ええ、普段はあまり飲みませんが」

 私はその女性に声を掛けられて答えると、ティーポットに葉を入れて、お湯で紅茶を抽出していた。
 紅茶の匂いは部屋中に充満して、甘さと紅茶特有である葉の匂いが感じ取れる。
 女性いわく海外の商品が販売されている店で購入したらしく、値段を聞くとそこそこいい値段のする代物であると分かった。
 私自身、紅茶を飲むのはあまりないので楽しみでもある。普段は両親がスーパーで買った飲料品を飲むのだが、基本お茶かジュースだけだ。
 一から作る紅茶なんて私からすれば貴族や富豪が飲むイメージしかない。
 まぁそんなことはないとも言えるが、だからこそ初めて高価な商品の味を舌で感じ取るのを一般人として体験してみたい。そんな心が喜びと探求心で満たされる私は、女性おすすめの紅茶を一口だけ飲んでみる。

「……おいしい」
「あら、よかったわ」

 口に含んだ瞬間、紅茶の葉の渋さと後からくる甘味。その二つの味がマッチして私の舌が喜んでいた。
 紅茶は大人が飲むものだと認識しているため、ここまで美味しいとは思いもしなかったというのが正直な感想である。
 それでも高校生でこんな贅沢な代物を飲むとは、人生なにがあるか分からない。

「それで、花蓮さんは翔くんに逃げるように言われたでしょ?」
「はっ、はい。私が危機に瀕していた時に逃げろって……」

 その女性は私に事実確認をするように話したので、『もちろん』と首を頷き肯定した。

「そうよね。詳しい話は聞いているわ」

 そのようなことを言った女性の顔を見ると男性に呆れた様子で、『まったく翔くんは』と恋人である輝裕という男性に手が付けられないと漏らした。
 そして、そんな男に助けられた私は女性に質問をする。

「あの、翔平さんはどうして私を助けたんですか?」

 赤の他人を助けたという行為は、何か考えがあったうえでの行動だ。
 一般人の思考であれば警察に通報する。それこそが犯罪行為を発見した際の通例だろう。
 加えて私を囲った男たちは自宅に向かう途中で襲い、私の接客に対する不満を拳と欲で満たそうとした。状況は最悪、体も鍛えない女子高校生に勝機はないだろう。

「だから聞きたいんです。あの人の私を助けた時の心境について」

 私は真剣な様子で問いかけて女性の目を見つめる。
 この人なら彼氏のことをよく知っているから、シンパシーのようなもので考えが伝わってくる。
 それでこの女性の恋人の人助けにおいての考えが分かるはずだ。
 そう確信していた私は女性に問いかけると、若干微笑んで質問に対する答えを語る。

「……まぁ、翔くんは人を助けるお人好しだからね。もちろん私もそれで惚れたところはあるし」
「お人好しですか?」
「ええ、彼の両親から教えてくれたけど昔から人を助けることに躊躇がないの。だから子供だろうとお年寄りだろうと何故か助けたくなるって言っていたわ」

 私は成程と納得してさらに質問する。

「それはあなた以外の女性にもですか?」
「……そうね。ただ嫉妬はしてないわ」
「助けた女性に目移りとかは?」
「ないわ。というか初対面の人にそんな話をしないでよ」
「すいません。つい聞きたくなって」

 私は女性に注意をされて頭を下げる。
言い訳だがこの女性の恋事情を知らないうえ、女の子として気になっただけなので彼氏のことを悪く捉えているとかではない。だから勘違いだけはしないでほしい。
 まぁ、それでも何やかんや話をしていた私は、女性の話に納得してティータイムを楽しんでいた。

 あれからすっかり夜になった私は女性との談笑を楽しんでいた。
 恐らく年上である女性との会話は普段もバイト先でもしているが、それ以上に楽しいものである。
 さらに女性は私と連絡先の交換をして、いつでも話を聞くよと優しくされた。
 そして言い忘れていたが、この女性の名前は田辺明子である。先程、男が警察に連絡しろと命じた時の名前だ。

「なんだか、明子さんとの会話は新鮮な感じでいいですね」
「ホント?花蓮さんにそう言われて嬉しいわ」

 二人で楽しい時間を過ごすのは本当に楽しいものである。
 おまけに語るだけではなく受け身になって話を聞いてもらう明子さんの配慮には感心する。きっとこの人は容姿だけでなく性格もいいから、さぞ男性にモテるだろう。
 私も女の子だが一つ一つの動作にキュンとしてしまう部分があった。これから田辺明子という女性を理想像にして生きていくのもいいかもしれない。

「それで、花蓮ちゃんは恋人とかいるの?」
「……え?」

 いや、私に恋人がいるかって?

「いやいやいやいやいや、いませんよ‼」
 明子さんはニヤニヤして私の反応を楽しむように問いかけてきた。
 この人は私に恋人ができると思っているのか?無理な話だろう。

「じゃあ、好きな人は?」
「す……好きな人?」

 やばい、これは会話の沼にハマってしまった。
 明子さんは私の目を見て、まるで修学旅行の男子のような気持ちで話しかける。
 恋の話を聞きたい女子は高校にもいるが、私は基本一人なのであまり話さないので、普通の会話はしても恋の話は距離を置いていた。
 しかし話を聞くうちに尊敬してきた明子さんは、友達の多くて恋人の話をする人側なのだろう。

「……いない……です」
「なに恥ずかしがっているのよぉ。女子高校生なら恋バナもするでしょう?」

 いや、だから私は話さないんだって‼

「私、基本一人なのでバイト先にしか親友がいません」
「えー?勿体ないなぁ。せっかく可愛いのに」

 明子さんは私の姿を見て可愛いと思っているのか?それは私からすれば真逆な事実だろう。何度も自分の容姿に悩んでいた頃もあった私が、そんな戯言を信じるなんてあり得ない。きっと冗談なので私は軽いはずみで信じるほど愚かではない。
 ただ容姿と言えば、明子さんも相当な美人である。同い年ではないらしいが、間近で見ると年上に見えないし、体型はスラリとしていて肌も綺麗な色白であった。
 一応、代表取締役として働いており、部下達とも食事会などで交流を深めているらしい。なので私との会話も上手く返しているのは経営者だからこそのスキルなのだろう。

「でも明子さんもすごい美人って感じです」
「そう?年上でも今の高校生を惑わせられるかな?」
「全然いけます。というか高校生でも年上好きいますよ」
「えー、ホントォ?花蓮さんは褒め上手だねぇー」

 明子さんは照れた様子で私の体をツンツンと突いてくる。そして勢いで冷蔵庫からお酒を出して飲む始めていた。
(うん、分かった。この人と絡むと何時間も話すタイプだ)
私は『高校生だからもっと青春時代を送らないとね』などと言われながらも確信に至った。
 並みの男性ならこんな人と付き合うのは一苦労するだろう。そんなベストパートナーである翔平さん、女性経営者の彼氏として本当に優しい性格であるとよく分かる。
 そんな楽しい会話の中、明子さんはハッと電子端末をポケットから出してこう言った。

「あっ、そろそろ到着したかな?」
「えっ、誰がですか?」

 私は明子さんの言葉が気になって質問すると、家のドアを開ける音がガチャッと鳴って誰かの人影が玄関から見えたのだ。
 一瞬、私は誰なのかと様子を疑っていたが、明子さんはすでに正体が分かっていた。

「ただいま、明子」
「お帰りー翔くん」

 そう。明子さんの彼氏であり私の危機から救ってくれた男性、田辺翔平である。
 彼は男たちと警察が来るまで乱闘したらしく、胸倉などを掴まれたせいで服にしわができていた。

「おっ、無事みたいだったな」
「は、はい。本当にありがとうございます」

 私は『ハッ‼』とこの家に来た理由を思い出して、深々と頭を下げた。
 翔平さんには自分を助けてくれた恩がある。もちろん思い出したとは言ったが忘れていた訳ではない。
 心の中ではきちんと感謝の意を伝えようとしたので、すぐに思い立っていないとだけ弁明しておく。
 そして私の心中の弁明をした際に、明子さんが翔平さんにこんな事を伝えた。

「ねぇ聞いてよ。花蓮さんが高校生なのに彼氏がいないんだって」
「そうなの?まぁそれも高校生らしいよ」

 明子さんは先程の私が彼氏いない問題について彼氏に伝え、『高校生なら人生を楽しまきゃ損だよね』と賛同を求めていた。
 美人だと思っていたが、周りからすれば酒癖のある性格のせいで恋愛が難しいかもしれない。
 だから勢いで青春を楽しむ重要性を語っていたのだろう。

「でも、こんなに可愛い女子高校生を放っておくとか勿体ないよ」
「明子、あまりお酒は飲まないで。また癖が出ているよ」
「えー、私の恋人は翔くんと酒なの。離せるわけないでしょ」

 どうやら相当な酒好きらしいく、翔平さんの次に好きなものだと言う。
 美人だと思っていた経営者と付き合うのは、翔平さんのカッコよさと優しさがマッチしていたから。何度も考えても、やはり田辺翔平という男との組み合わせはベストカップルだ。
 そんな予想が頭の中で巡っていた私に『そうだ‼』と翔平さんが声を掛けてきた。

「か……カレンさんだっけ?」
「はいっ、花蓮密です‼」

 私ははっきりと自分の名前を耳に聞こえるほどの声で叫んだ。

「そんな緊張しなくてもいいよ。今日はここに泊まってもらおうと思っているし」
「と、泊まる?」

 いま、物凄い衝撃が心臓から突き刺すような勢いで伝わってきた。

「そうだよ。今日はここに避難したほうがいい」

 私はこの経営者と謎の優しい男に囲まれて宿泊することに戸惑い、食事も寝所も用意してもらったので心が申し訳なさで埋まっていた。

「で、でも迷惑をかけるには……」
「大丈夫、後輩ちゃんも無事だし、今日は二人とも泊っていいよ」
「えっ?後輩もいるんですか?」

 そして、私がこの家に避難している間にバイト先にいた後輩を助けたらしく、後ろから後輩がヒョコっと現れた。この男、本当に底が見えない。

「あの……先輩。私……」
「無事だったんだね‼良かったっ‼」

 後輩は何か言いかけていたが、それよりも無事であったと安心してすぐに抱きしめた。

「すいません。私が捕まっていなかったらこんな大惨事には……」
「ううん、大丈夫。後輩ちゃんが無事なだけで十分」

 気弱な性格である後輩が怖い集団に体を売る危機を逃れたうえ、傷もなく無事に救出できた。それは心配していた私にとっては安心しかない。後輩はごめんなさいと涙を流していたが、私は謝る必要はないと頭を撫でる。

「お二人とも本当にありがとうございます」
「いいよ。私も翔くんも好きで人助けをしているんだから」

 二人は謙遜して私の厚意に申し訳ないからと遠慮していた。しかし何か返せないと気持ちが晴れないので何か恩返しのようなものを返したい。
 これでも大人に近い年ごろだ。返答次第ではバイトの給料と積み上げた貯金を使えばなんとかなるかもしれない。そう思った私はなにか見返りをしたいと何度もお願いした。

「お願いです。私の気が済むまで存分に返します」
「……分かった。なら一つあるよ」

 そう言ったのは翔平さん。

「本当ですか⁉何をすればいいんでしょう?」

 私は条件次第では時間が掛かるとだけ伝えると彼はこう言った。

「今、ちょうどお手伝いさんを雇いたくてね。誰かいないか探していたんだけど。どうかな?」
「……お、お手伝いさんのバイトですか?」
「そう。バイトというよりメイドさんかな?」

 それは私の一個上をいった発言であった。

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