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隙間のない社会

この社会はとにかく隙間がない。
隙間というかゆとりがない。

何をするにしてもギリギリでみんなやっている。
人に常に200%くらいの力を出させるように働かせている。
そんな働き方、生き方をしていては壊れてしまう。

だから精神病と言われるものも多いのだろう。

学生の生活を見ていても、やる意味の分からない大量の課題を仕上げ、バイトして、その空いた僅かな隙間で友達と遊ぶ。

自分と向き合う時間はほぼ無いと言っていいだろう。そんな状態だから社会に対して疑問に思う若者も少ないように思う。

昔と比べて学生は課題を、社会人は仕事を隙間なく詰め込まれる。早く終わらしたらその分だけまた詰め込まれる。定時ギリギリ、もしくはそれをオーバーする量をまた詰め込まれる。

一体いつ自分に向き合えばいいのだろう。
支配者たちはこれを分かってどんどんそういう社会になるよう仕向けてきたのだろう。

10年、20年前と比べてもどんどん隙間のない社会になっていっている。昭和に生きた人の話を聞くとそれは明らかだ。

しかし、平成、令和に生まれた人は昔を知らないからこの現状を当たり前に思っていて、全く違和感を感じていないように思う。

だからこそ、違和感を持った僕のような人は生活を意識してゆとりを持たせることが大事だ。行動を1つずつ丁寧に丁寧に行い、作業として行わない。

日々の生活をルーティンワークや作業として片付けない。

ご飯を食べる時はしっかり食べ物を味わって食べる。歯を磨く時は歯に対して労りの気持ちを持って磨く。外を歩く時は周りの景色を意識して移動を楽しむ。

仕事は夢中になれるもの誇りに思えるものをする。嫌々やって作業にしない。

こういう一つ一つの行動を丁寧に意識して楽しんでやることが、今の社会からそっと離れて心地が良いと思える社会へ移行するキッカケになると思う。

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