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【観劇レポート】「オペラ」は枠組み、日本発の新しいエンターテインメント〜『田舎騎士道(カヴァレリア・ルスティカーナ)』&『道化師』

 今、オペラの演出では、時代や場所の設定を変える「読み替え」(置き換え)が盛んだ。主な目的は、今の時代には古臭い、あるいは分かりにくくなってしまった設定を変えることで、現代の私たちにも作品の内容やメッセージが理解できるようにすることにある。東京芸術劇場が愛知県芸術劇場と組んで全国共同制作オペラとして制作した『カヴァレリア・ルスティカーナ(今回のプロダクションでは、原作小説のタイトルの翻案である『田舎騎士道』を使用)』『道化師』は、上田久美子の演出により、21世紀の日本に生きる私たちにも肌感覚で理解できるエンターテインメントになっていた。

 「全国共同制作オペラ」は、特徴的な「演出」がポイントでスタンスがはっきりしている。毎回、様々な分野で活躍する演出家を迎え、冒険的なプロダクションを制作して話題になっているが、今回演出を行った上田久美子は、宝塚歌劇団の座付き演出家として活動し、注目を浴びた俊英。今回のプロダクションは退団後第1作、そして初のオペラ演出とのことだった。

『田舎騎士道』と『道化師』は、世紀末の南イタリアの貧困層の情痴事件を描いてセンセーションを巻き起こしたオペラとして知られている。背景にあるのは、統一後のイタリアの貧富の差の拡大や、南イタリアには馴染みがなかった徴兵制の導入といった社会問題、そしてイタリア、特に南イタリアに根強い共同体意識と、カトリックの道徳観だ。不倫がらみの殺人事件はどこの時代のどこの国にでも起こりうることであり、それまでのイタリア・オペラで主流だった歴史物などよりは馴染みやすいストーリーだが、その辺りの事情を理解しないと、21世紀の日本人がこの物語を肌で感じることはなかなか難しい。その垣根を低くするのは、やはり演出の仕事だろう。

 上田の演出は、オペラ界の人間ではないという「外部」の視線を生かして、音楽以外にもダンス、演劇、文楽など様々な舞台芸術の要素を取り入れ、この2作を今の日本に生きる私たち自身の問題として提示した、分かりやすく、かつエキサイティングなプロダクションとなった。

設定は2作とも現代日本の大阪にあるとある町。季節は『道化師』が夏で、『田舎騎士道』が秋だという。『田舎騎士道』は、原作では復活祭の日の出来事だが、今回はそれが「だんじり祭り」に変えられていた。

歌劇『田舎騎士道』より。©2/FaithCompany 

上田演出の基本は、一つの役を歌手とダンサーで演じることである。このタイプの演出はいくつも前例があるが、今回は歌手が古典的な衣装でイタリアの出来事をイタリア語で歌い、ダンサーは現代日本の服装で今の話を演じるという、2箇所2時代の出来事を共存させるという凝ったものになっていた。「イタリア・オペラ」の部分はやや神話的で、ダンスによる演舞の部分は活気に溢れ、生々しい。稽古も綿密に行われたと思われ、双方がとても噛み合ったものになっていた。現代日本という設定に合わせ、本来のイタリア語に忠実な字幕と、上田による関西弁による大胆な翻案による字幕、二つの字幕が出たのも大変効果的だった。物語がヒリヒリするくらい肌感覚で感じられたのは、この上田の字幕によるところが大きい。今回の字幕は「関西のガラの悪いところの出来事」だけあって思い切り砕けた言い方も多々あり、それがストンと入ってくる。書き手としての彼女の才能、日本語のセンスを感じた。これまでほとんど意識していなかったが、原語に忠実な字幕は分かりにくいと実感したのである。字幕のあり方については、今後のオペラ上演に一石を投じたのではないだろうか。

歌劇『道化師』より。

2作を通じて、舞台上に男女の路上生活者がおり(やまだしげき、川村美紀子)、一連の事件の目撃者、時に語り部的な役割を果たしていた。

設定としてより身近に感じられたのは『田舎騎士道』の方だっただろうか。オペラのヒロインであるサントゥッツァが、ローラに捨てられたトゥリッドゥに言い寄られ、厳格なカトリックの世界では許されない婚前交渉を持ったために村八分になっているのに対し、ダンサーの聖子は恋人の護男にクスリの売人をやらされて「パクられた」ために村八分になっている。確かに今時は婚前交渉くらいで村八分にはならないから、この設定だととてもわかりやすい。今回念頭にあるような関西のある地区なら、オペラのシチリアのような共同体もまだ残っていそうだ。歌手がゆったりした動きでイタリアの村の掟や情景を歌い上げる合間を縫い、ダイナミックな振り付けを施されたダンサーが、恥も外聞もかなぐり捨てて恋人を奪い合う(振り付けは前田清実と柳本雅寛)。

聖子役の三東瑠璃の踊りが出色。護男に裏切られ、刑務所にまで入り、それでも彼を忘れられない、自分ではどうにもできない切なく激しい愛を、敏捷で情感豊かな圧倒的な身体で表現する。恋人の浮気を告げ口し、自分のしたことに絶望してから十数分、頭を逆さにしたまま階段に倒れていたのには驚嘆した。他のダンサーも粒揃いで、それぞれ役柄の性格づけが出色。葉子役の髙原伸子のはすっぱな色っぽさ、護男役の柳本雅寛(振り付けも担当)の色男ぶり、日野役の宮河愛一郎のヤンキーぶり、光江役のケイタケイの哀れながらもたくましい婆ぶり、みな決まっている。

歌手陣では、サントゥッツァを歌ったテレサ・ロマーノの深みのある情感豊かな声、トゥリッドゥ(『道化師』のカニオとの二役)役のアントネッロ・パロンビの甘い音色と豊かな響きが際立った。アルフィオ役の三戸大久も鳴りのよい美声。

左からテレサ・ロマーノ(サントゥッツァ役)、三戸大久(アルフィオ役)、宮河愛一郎(日野役)、三東瑠璃(聖子役)©2/FaithCompany 

『道化師』では、南イタリアの旅回りの一座が関西の大衆演劇一座に置き換わる。違和感はほとんどないが、お芝居が始まる23時までの間、観客が野球見物に出かける設定になっていたのは(いい意味で)驚いた。この辺りのノリはなかなか出せるものではない。

歌劇『道化師』より。©2/FaithCompany 

後半の劇中劇の部分は文楽仕立てになっており、歌手が黒子として、文楽人形に擬せられているダンサーを操る。その黒子になっている主役夫婦がしまいに痴話喧嘩となり、裏手から出てきて情痴殺人に至るという展開だ。クライマックスの殺人は客席内で行われ、幕切れでトニオが口にする「これで喜劇は終わり」の一言は、妻を殺したばかりのカニオに委ねられる。そのラストをはじめ、『道化師』の方が客席を巻き込んだ演出になっていた。これは元々のオペラの設定によるところも大きいだろう。

キャストでは、カニオ役のパロンビの熱演が圧倒的。情熱と甘さのある声、豊かでハリのある響きが、安定した技術に支えられて生々しい感情を表現する。裏切られた夫が歌う名アリア「衣装をつけろ」はこの日のハイライトだった。カニオの苦しみに被さった、オーケストラの痛切な後奏も忘れ難い。トニオ役の清水勇磨と、対になるダンサーの小浦一優(芋洗坂係長)も快演。ネッダ役の柴田紗貴子は、リリカルで情感のある声と清々しい音色、確かな技術を併せ持ち、シルヴィオ役の高橋洋介の抒情的な美声も光った。ダンサー陣は『田舎騎士道』よりスタイリッシュな動きが多かったように思う(振り付けは麻咲梨乃)。

左から三井聡(加美男役)、アントネッロ・パロンビ(カニオ役)、蘭乃はな(寧々役)、柴田紗貴子(ネッダ役)、合唱はザ・オペラ・クワイア。©2/FaithCompany 

オペラの名匠であるアッシャー・フィッシュ指揮の読売日本交響楽団は絶好調。厚みと滑らかさのある雄弁な美音、人物の感情やその場のドラマを描くダイナミックで自在な表現は、まさに「オペラティック」という表現がふさわしい。ザ・オペラ・クワイアによる合唱も、演出の細かい要求によく応えていた。

「オペラ」の枠組みを活かしつつ、思い切りよく多様な要素を注ぎ込んだ、日本発の新しい総合的エンターテインメント。その誕生を目撃した、忘れられない一夜となった。なお、本公演は愛知県芸術劇場大ホールにて3月3日(金)・5日(日)に上演される。

文・加藤浩子


公演情報

愛知公演【3月3日/3月5日】

東京公演は全公演終了いたしました。ご来場ありがとうございました。